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THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and the managing of something.

東京マラソン2016、二つのパーソナルベスト

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◇ 東京マラソン

本日、東京マラソンに参加してきました。ランナーの集まりがあると、「私は縦のランです」といって横のランであるマラソンや100キロマラソンにはあまり関心がないようなことを言っています。

にもかかわらず今年は東京マラソンに参加しました。一昨年以来二回目の参加です。きっかけは昨年不参加であったところ親から「今年は出ないの?」と訪ねられたことでした。なんとなく、そういったことも親孝行なのかなと、今年は出ることにしました。

マラソンも、ある一定以上のタイムを目指すのであればそれなりの練習が必須です。私の場合、サブ4であれば月間少なくとも120キロ、余裕をもってということであれば160キロ程度が目安です。

ところが昨年12月5日のトレランで自称オフ入りしていたので、1月の走行距離は128キロ、2月は海外出張で体力的に疲労困憊したこともあり、77キロ。10月の214キロから比べると健康管理モードです。そんな準備状況での参加です。

 

◇ パーソナルベストしかしゴール直後に救護所へ

結果は、3時間50分(ネット)、パーソナルベストです。これまでのベストは2013年の3月に参加した第一回古河はなももマラソンの3時間55分(ネット)でしたので三年ぶりのPB(パーソナルベスト)更新です。

そういった結果とは真逆に、内容はこれまでのレースの中で最もきついものでした。35キロあたりから、どうも時々朦朧とするようになり、ペースは落ち始め水分を多くとってもその症状は悪化するばかりです。

ふくらはぎ、ヒラメ筋の起点が時々痙攣を起こし始めました。残り3キロを切ったあたりからは気力だけでなんとかペースを維持していましたが、ゴール直前でさらに追い込み、ゴール直後はしばらく座り込んでしまいました。

大会医療スタッフの方の判断とサポートにより大事を取って車いすに乗せてもらい、救護所のベットまで搬送していただきました。塩分不足だったようです。塩飴をいただき、水分をとり30分程度寝ていると回復しました。エントリー3万7千人という最大級の大会にもかかわらず、安全第一の大会スタッフの方々の運営と手厚いサポートは本当に素晴らしいものでした。

 

◇ 仲間と走ることの力、もう一つのパーソナルベスト

そんな状況にもかかわらず、走り切れた最大の理由はアバントの中山さんに併走してもらったことです。彼はマラソンで言えばサブ3.5以上の走力を持っていますが、東京マラソンはお祭りだからとサブ4レベルの私にペースを合わせて最後まで走ってくれました。

これが思いの外愉しかった。それほど会話をするわけではないのですが黙々と一人だけで走るのとは違う愉しさがあることに気がつきました。25キロくらいまでは愉しさだけだったのですが、その後一転します。私の体調が変調し始めてからです。

ふらふらし始めてペースが上がらなくなったときは、おいていってもらうことも考えたのですが、であれば最初からそれぞれのペースで走ればよかったということになるので、ここは最後までつきあってもらおうと覚悟を決めたことで歩くというオプションを無くしました。

しかも、グロスでサブ4のペースメーカー集団の中にいたので、さすがにこれを二人で割るわけにはいかんと必死です。心拍数ログを見ると、ゴール時点では193を記録していました。これまでどれほど追い込んでも185が計測上の最大心拍だったので、自分では出せないパフォーマンスです。本当に人の力は偉大です。とはいえ、どうりできつかったわけです。少々追い込みすぎました。

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◇ インターバルトレーニングによる精神的なキツさへの慣れ

二つ目が、精神的なキツさへの慣れです。インターバルトレーニングは心肺機能の向上に効果があります。長距離走ることができなくとも、これだけやっておけば同じスピードで走っている時の心拍数が改善(低くなる)されます。この改善は最低心拍数が下がることで普段の生活でも実感できます。私の場合、安静時50~55程度を目安としています。

そこにペース走という最大心拍数の80%~90%程度で走ることによって乳酸閾値という有酸素運動の心拍数限界値、つまり酸素を使って脂肪をエネルギーに変えることができる限界の心拍数を高めることができます。これはきちんと計測したことがないので体感的にはおそらく160~170程度です。それ以上になるととたんに息が上がります。しかし、一般と比較すると少々高めなのでちょっと懐疑的です。そこで、マラソンと比べるとリスクの高いトレランではもう少し余裕をもって150程度を平均値とすることを目安にしています。

今回は25キロあたりから170を超えるようになったようです。ちょうどファンランじゃなくなってきたなと感じ始めたあたりです。ここから急にきつくなりはじめました。残り3キロでは180を超え続け残1キロで190を超えています。

インターバルの時でも180を超えることはめったにありませんが、体感的キツさについてはそこで経験しているので恐怖感はなく、耐えることができました。キツさへの抵抗力は経験によって高めることができるようです。

 

◇ 体幹を強化し、股関節を使って走れるようになったこと

三つ目は走るときに使うべき筋肉を使えるようにしたことです。恐怖感がなくとも身体が動かなければどうにもなりません。身体面の成果という面では昨年より取り組んできた体幹の強化と股関節の稼働域の拡大を背景とするハムストリングスと大臀筋という大きな筋肉をつかって走るフォームの獲得です。

以前はまるで股関節が動きませんでした。その結果、大きな筋肉を有効に活用できず、足首やふくらはぎに過度な負担がかかることで大きなダメージを受けていました。そもそもそれほど大きな筋肉ではないのでどれほど鍛えても改善効果は限定的です。

そこで、大きな筋肉を使えるようにトレーナーさんと試行錯誤をしてきました。なかでも一番難しかったのは体幹を鍛えることでした。学生時代にきちんと運動をしたことがなかったので、そもそも経験的にそういった感覚がありません。

なかでもインナーマッスルの鍛え方がなかなかわかりませんでした。しかし、インターマッスルを鍛えねばいくら腹筋を鍛えても身体の幹、つまり体幹がぐらぐらしたままということを知り関心をもってインナーマッスルを感じることができるような動かし方をトレーナーさんと会話しながら少しずつ探りました。

思っていたよりもかなり小さな負荷で初めてインナーマッスルが鍛えられることが感覚的にわかるようになったのもつい最近のことです。しかし、そういったことの積み重ねでようやく大きな筋肉を使う走り方ができるようになってきたので、今回も最後の踏ん張りの時に、インナーを意識し、かなり厳しい状況ではありましたが、なんとか残った筋力を動員することができました。

 

◇ マラソンをなめていた

走り切れた理由とは別に、そもそもなぜそれほどきついことになったのかですが、マラソンをなめていました。トレランによる長距離ランのインフレ状態で感覚が麻痺していて、フルであれば水分だけの補給で走ってみようと考えていました。

走り始めて15キロを過ぎたあたりからおなかがすいてきました。トレランの場合は、脂肪燃焼に必要な糖分を補給するために炭水化物を入れるのですがそういった補給を怠りながら走りました。

しかも、お守り代わりと携帯していったジェル系の糖質と塩サプリ、前者とはもかく、トレランでは塩サプリはしっかりとります。とにかく塩が不足してくると意識がもうろうとするからです。そうであるにもかかわらず、今回はゴールまで一度も口に入れませんでした。

トレランで学習した補給手法をまったく活かさずに走っていました。もちろん、最大の要因は練習不足であることは間違いないのですが、身体を走りながら回復させていくことができるような補給方法を獲得することは私にとって新たなフロンティアです。

マラソン直後あれほどきつかったにもかかわらず、食事をとりストレッチをしていると案外回復してきました。脚の筋肉もトレランと比較してもそれほど硬直していません。となると、筋力の問題よりは、オーバーペースによる乳酸閾値越えが問題ということになりますが、補給によって少しは緩和できるのではないかと考えています。

 

いずれにせよ、パーソナルベストは素直にうれしいものです。リードしてくれた中山さんや大会スタッフ、応援いただいた方のおかげです。それがなければ今回の結果はありません。とはいえ、最後は少々追い込みすぎました。経験を活かし、もっと愉しく走れるようになることを目指します。