THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

先義後利、この国のコーポレートガバナンス

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 当社には「お客様志向」「高収益志向」「一芸志向」をまとめた「三志向」と呼ぶ経営方針があります。意味は「先義後利」に近いものです。より実践的に、自分の貢献する顧客を特定し、その課題を理解し、クリエイティブに解決手段を生み出し、役立つ。そんな事に集中出来れば皆がハッピーになる。その様な考え方です。

コロナ禍の渦中にあり、非常に不確実な未来が企業の決算発表や経済のマクロ指数、市中の商業活動から浮かび上がって来ています。この様な環境にあると、普段以上に会社というもののあり方を見つめ直さずにはいられません。

会社とは営利のための組織である。企業価値を高めることが経営者の使命である。それは株式会社、さらには上場企業のドグマです。しかし、それが会社の存在する目的でしょうか。私は、会社は社会の役に立つために存在する。企業価値は結果である。そんな考え方でやってきました。

しかし、企業価値の向上が時価総額の向上と混同されることも少なくありません。時価総額の向上を前提とすると、財務レバレッジを使って一株あたりの利益を高めるような活動も当然の手段として見なされるようになります。

この数年、日本の上場企業はコーポレートガバナンス改革と称してファイナンス視点から稼ぐ力を高めよと散々鼓舞されて来ました。確かに、世界の企業がファイナンス技術を活かし、企業価値を急増させている以上、日本企業もファイナンス技術を使いこなす必要がある事は間違いではありません。また、稼ぐ力を高める事は事業継続のためにも必須です。

しかし、「稼ぐ力」ファーストなのでしょうか?

相対的にモノが飽和した社会において、価値という抽象的な富はすでに実態を失って暴走しています。取り残されないように国家はデフレからの脱却を盾に担保のない紙幣を大量に発行して来ました。しかし、コーポレート・ガバナンス改革を進めても、稼ぐ力である付加価値を生み出す力の向上には繋がっていません。フォーカスポイントが私たちの実態に合っていないのです。

先義後利、まず社会の役に立つ、その手段としてファイナンスも使いこなす、そして正しく役立てば稼ぐ力が強くなる。このスタンスは日本のカルチャー的にもしっくりきます。「役立つ力」ファースト、誰がなんと言おうと、俺たち、私たちはこれで行く。それぐらい徹底することが重要だと考えています。

引き続き難局が続きます、皆様くれぐれも健康第一で!

東京マラソン2020のゼッケン

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自宅の部屋の壁に、リタイアしたままになっている幾つかのレースのゼッケンをぶら下げています。

時折ボロボロになったゼッケンを眺めながらレースを思い出すと、愉しさと悔しさが混じり合って自然とモチベーションが沸いて来ます。

そこに真新しいゼッケンが一枚増えました。昨日送られてきた東京マラソン2020のゼッケンです。

個人的に三大レースとしている「富士登山競走」(7月開催)、「日本山岳耐久レース:ハセツネカップ」(10月開催)、そして「東京マラソン」(3月)が並びました。

今年はこれら三大レースに加えて、初の本格海外レース(8月)にエントリーしています。過去2年連続で抽選にはずれ、ようやく3年目で参加権を得たこの一本は今年の目玉です。

今後のコロナ禍の状況次第では東京マラソン以外のレースも開催中止となる可能性は低くないでしょう。また、それどころではない状況も相まってトレーニングも滞りがちです。

気がつくと体重が急増!慌ててファスティングの繰り返し。最近の株価のように、一日単位の体重のボラティリティ(増減)がかつて無く激しくなっています。(笑)

心身の健康のためには、状況がどうであれ大会が開催される前提で出来る事をして置く方が良さそうです。

危機管理同様、最悪を想定して準備するだけではなく、最善に向けた行動も出来る範囲で疎かにしないようにトレーニングを続けていこうと思います。

みなさまも健康第一で!

続・健康第一!心のサプリ、禅語三選

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新型コロナはあらゆる人の行動に大きな制約がかかる事からも社会的インパクトは戦争に類するものかもしれません。あらゆる人が他人事に出来ない災禍です。

とは言っても、人の健康なくして健全な社会、経済環境は成り立ちません。健康第一です。

 良好な健康状態を維持するには心身両方に気を配る必要がありますが、身体よりも心の健康が心配な人も少なくないでしょう。私もその一人です。様々な情報の中、見通せない先を考える事で知らず知らずに精神は普段以上に疲労します。

そこで、心のサプリ。禅語を眺めながら心に留まったものを三つご紹介します。

 

莫妄想(まくもうぞう):妄想することなかれ

事実と同時に大量の仮説も情報として取り込む事で、自分の妄想が暴走しそうになります。未来を読む事は大切ですが、あまり読む事に必死になると妄想に囚われてしまいます。江戸時代中期の禅僧、白隠和尚は「病気が人間を殺すのではなく、妄想が人間を食い殺すのだ」と戒めていたそうです。健康を害するような思考の集中は、オーバートレーニングのようなもの、要注意です。

 

看脚下(かんきやつか):あしもとを見よ

先の見通しが困難な現状は光量が落ちたライトで夜のトレイルを走るようなものです。禅語では先を見通す明かりを失った時はあしもとを見よと言っています。禅語で言う「あしもと」とは自分が自分を幸せに出来る生き方、価値観のようなものです。他のランナーがそれぞれライトを持っていても、自分の足下や行き先を照らしてもらえるとは限りません。自分の足下がしっかり見えている自覚がないと要注意です。

 

日々是好日(にちにちこれこうにち)

そして、最後は日々是好日。妄想に追い立てられ、足下も見ずに過ごしているとあらゆる事が雑になります。そんな日々を繰り返している時の心の状態は悪くなるばかりです。出来るだけ意識して小さな動作、人との会話、意思決定などを丁寧にすると自然と心がリカバリーして来ます。一日に出来る事ってこんなに少ないのかと驚く事もありますが、それなりに丁寧に今日も一日過ごせたと思えれば大丈夫です。

 

さて、先の見通せない状況はまだ続きますが、健康第一で参りましょう!

健康第一!

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三連休、ブログを三度書き直しています。いずれもテーマはCOVID-19、新型コロナに関する話題です。現状の認識や、このような非常時における心構えなど過去の経験も踏まえ書いてみましたがしっくりきません。すべての原稿を没にしました。

それはさておき、今日も先週に続き、僅かに開催されている小さなハーフマラソンに参加して来ました。さすがに二連チャンはコンディション的に厳しく、今日はゆるめに流しましたが先週パーソナルベストが出ました。

話題のNIKEのカーボンプレート入りシューズを使ってみたので、シューズの効果かもしれません。とは言え、ベストはベスト、嬉しいものです。レギュレーションの範囲で道具を上手に使って行く事も楽しみの一つです。

写真は先週のマラソン会場からです。表情豊かな雲が出ていたのでモノクロにしてアメリカの写真家、サミュエル・ゴッチョへのオマージュにしました。

さて、先が見通せない状況は続きますが、健やかな精神を大切にして、本来の目標に向けて最善を尽くして参りましょう。

健康第一です!

経験知を活かせる組織のレジリエンスは高い

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寺田寅彦の「天災と国防」をパラパラとめくり、先人が残した教訓がありながら、自分事としてそれらを活かし様々な事態に備える事の難しさを感じています。

活きた教訓は、事に直面した当事者が残したものが大半です。それ故に価値があります。当社にも厳しい経験を経て生まれた教訓がいくつか存在しています。

 「三志向」と呼んでいるものもその一つです。「お客様志向」「高収益志向」「一芸志向」をまとめたものです。自分が貢献する対象が明確か、その貢献方法は最善のものか、その領域で卓越する事が出来るかを問います。自分たちの事業が実需に即し、役立つものかを点検するためにあります。

事業が順調である事で無意識の驕りが生じてお客様への貢献価値が低下した結果、業績が低迷するという事態に陥った経験から生まれた教訓です。こういった痛い経験を伴った教訓も目に見えない社会や組織の財産であると思います。

 経験知を生かせる組織のレジリエンスは高い。世代を超えて経験という知的資産を活かせる組織として行くことを強く重視しています。

「昭和7年の頃志布志町と築港附近」と祖父の無言のメッセージ

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写真は「昭和7年の頃志布志町と築港附近」約88年前に祖父が撮影したものです。写っているのは帝国連合艦隊。左から空母龍驤(りゅうじょう)、二番目の空母加賀は一段全通式に改装される前の三段式です。後方中央から金剛型や伊勢型戦艦が三隻、続いて艦橋の中程が大きく後ろに突き出した戦艦扶桑が写っています。

鹿児島に住んでいた母方の祖父とは生前一度しか会ったことがありません。その時に「何か欲しいものはないか」と尋ねられ、「戦艦のプラモデルが欲しい」と答えました。小学生だった自分では買うことが出来ない大きな戦艦大和のプラモデルを想像して言いました。その時の祖父の少し困惑した表情をぼんやりと覚えています。

それから一月ほど経って祖父から小包が届きました。鹿児島名物の軽羹(かるかん)やらボンタンアメと一緒に戦国時代の軍船のプラモデルが入っていました。戦艦大和が届くことを期待していた私はひどく落胆したことを覚えています。

今、あらためて祖父が残した資料を見ると、戦時中特設鉄道隊としてビルマに派遣され、映画「戦場にかける橋」の舞台となった泰緬鉄道の建設、そしてインパール作戦の後方輸送確保のための橋梁復旧工事などに当たっていたようです。

祖父から戦争の話は一切聞いたことはありません。しかし、生ものを一切口にしないなど戦争中の体験を引きずった独特の生活スタイルは記憶に残っています。そんな祖父の戦争に対する言葉に出来ない思いが、戦国時代の軍船という形で表れたのだと言うことがようやくわかりました。

わずか十余年足らずでここに写る全ての艦艇が多くの人命と共に消え去る事など撮影時には想像だに出来なかったのだろうと思います。

しばらく行方不明になっていた写真との再会でしたが、以前にも増して雄弁に祖父の無言のメッセージを伝えてきました。

Unconscious Bias 無意識の思い込み

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先日参加したダイバーシティ研修の中で「Unconscious Bias」に関するディスカッションテーマがありました。目に見えない違い(区別や差別)の具体例を聞きながら、普段それを意識しているかと自問すると、怪しいものばかりでした。

自動車の運転のように、運転に慣れるとかなりの動作は無意識に行われるようになります。その結果運転のストレスは減るのですが行き過ぎると思わぬ事故につながります。

普段の生活においても、かなりの思考や動作が無意識に行われています。慌ただしい日々を乗り越えていくために考える事や行動する事を絞り、無意識の前提条件、つまり思い込みを不安定な積み木のように積み上げています。

危ないなぁ、そんな思いを持った時にある言葉が浮かんで来ました。

「明歴々露堂々」(めいれきれきろどうどう)、十数年前、あれこれ悩む事に明け暮れていた頃、人から頂いた言葉です。

「真理は奥深いところに隠れていて誰もが簡単に見られるものではないと考えられがちであるが、実際は全くあからさまであり、隠すところなど微塵もない。それが見えないとすれば、見ようとしないだけか、眼が曇っているに過ぎない。」(茶席の禅語大辞典、淡交社、P639)

当時は悩まずとも成るようになる。そんな程度の理解でしたが、今になってこれかと感じました。

思い込みに気づき、見ることを大切にした先にどのような未来があるのだろうか、そんな好奇心が刺激されました。