THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

仕事、楽では無いが、愉しく出来る

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11ヶ月ぶりにトレイルへ。

昨年台風のために中止になったレースのさわりだけリハビリに出かけたのですが、全く登れなくなっていました。メンタルもフィジカルもリタイアしまくっていた頃の登攀力です。記録を見ると昨年7月の富士登山競走以来のトレイル、台風による被害に続いて、コロナ禍で次々とレースが開催出来なくなった事で山から遠ざかっていました。

 

エンジョイ?

トレイルに行かずとも、走力を落とさないよう工夫して走っているつもりでしたがキツいのなんの。500メートルすらノンストップで登り切れません。ああ、無理!足が止まった時ふと、先日メンバーと交わした「仕事を愉しんで!」との声がけに、「森川さんは仕事を楽しいと思ったことはありますか?」と切り返された会話を思い出しました。

そう言えば、社会人になってから仕事が出来る環境に感謝はすれども、楽しいと思えたことはほとんどありませんでした。はて、そんな言葉が口から出るようになったのはなぜだろう。と考えながら残りのトレイルをゆっくりと登りました。

 

仕事の愉しさ

先日、最新作の制作に取り組んでいるジブリの宮崎駿さんのインタビューで「作品が出来た時はもう二度とやりたくないと心底思うのだが、しばらくするとまた創りたくなるのです」と話されているのを聞いて、仕事の愉しさを突いていると膝をたたいたのを思い出しました。

ハードなトレイルランレースでも、走っている最中や直後には二度とやらないと思っても、しばらくするとあれこれ反省や改善案が湧き上がり、また挑戦したくなります。

仕事の愉しさは、こういった繰り返したくなる挑戦にあり、プロセスそのものは心身に負荷がかかるもの、つまり日常的には楽では無いものだといつのまにかに受け入れるようになっていた事に気づきました。その頃から仕事に対する愉しさのスタンスが変わり、「たのしんで」という言葉が自然と出るようになったようです。

 

夢よりも具体的な目標

とはいえ、繰り返す挑戦になにか軸のようなものが無いと挑戦へのモチベーションを維持する事は難しい。トレイルランについては、メインレースがキャンセルされる度に意欲を失って行きました。一方の仕事はグループ全社で世界に通用するSaaS企業へ進化するという明確な目標があるので行動に迷いはありません。「結局は、自分の夢につながる具体的な目標と行動のシンクロ度合いか」、昨年の台風19号の爪痕が残る下りの林道でそんな整理に至りました。

漠然とした夢だけでは行動は促されません、一方で夢につながらない目標だと愉しさも限定的です。さて、改めてターゲットレースを設定しよう。目標を失い、いまいち愉しく無かったトレイルランを振り返り、日の暮れた山の麓から帰路につきました。

マキシマイズからオプティマイズへ

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数年前、会社のミーティングでさかんにマキシマイズ(最大化)からオプティマイズ(最適化)へという話をしていました。オーバートレーニングや不適切な練習方法で身体を壊すアスリートのような会社であってはならないと言う趣旨です。人の成長のための事業成長を目指すという創業以来の価値観と現実のギャップに対する強い問題意識が背景にありました。しかし、企業価値の最大化を謳うコーポレート・ガバナンスコードの言葉に押され、言葉としてのオプティマイズは陰を潜めてしまいました。

 と言うのも、企業価値の最大化を考えるほど、会社のみならず社会にとっての最善、最適(オプティマイズ)なあり方を考えることになるからです。しかし、個人的には最大化という言葉の持つニュアンスへの違和感が拭えません。企業価値のような人間が生み出した抽象的な概念には限界はありませんが、実際の事業活動はより具象的です。人の健康、社会モラルや自然環境など様々な制約や限界を持つバランスの中で行われるものです。事業活動そのものを最大化という文脈で行う事には限界があります。

 経営者は企業価値を最大化する事が務めです。しかし企業価値を最大化する目的は、人のためであり、単なる経済的価値を高める事ではありません。現実の事業活動の最適化を飛ばして企業価値の最大化だけに集中すると、経営者が当然持つべきモラルのようなものが軽くなるように感じます。企業価値の最大化は本質を突いてはいるのですが、前提となる視座によっては危険を伴う諸刃の刃です。言葉には力がありますので短絡的に迎合して使うことに危うさを感じます。

 経営において優先すべきは事業活動の最適化である。その結果企業価値は最大化される。私にはこちらのほうがしっくりきます。最大化という利己的な発想よりも、社会全体においての最善を求める最適化という視点のほうが、事業の構想や発想も柔軟かつ創造的になるからです。私たちは企業価値というものをオプティマイズの視点から磨きたいと考えています。

RELIVE!ブルーインパルスとオフィスとギター

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今回は徒然に

□ ブルーインパルス

一昨日(5月29日)、首都東京の上空をブルーインパルスが飛びました。それを見て医療関係者でなくとも元気づけられた方も多いのではないでしょうか。その時、私は人気の無いオフィスでディスプレイにかぶり付いていてすっかり見過ごしてしまいました。2014年の旧国立競技場閉場イベント飛行をバッチリ見てムチャクチャ感動を味わっていただけに、後から知ったときの残念感は半端ありません。オフィスでひとり地団駄を踏みました。あー本当に残念!(今回の写真は2014年のものです。)

 

□ オフィス

オフィスと言えば、これまでの日本のオフィスは作業のためのワークスペースであると同時に組織統制のためのマネジメントスペースでした。オフィスが分散し始めると、仕事やマネジメント業務効率化のためにオフィスを集約し云々という話が自然と湧き上がります。しかし、リモートワークによりワークスペースの多くは自宅に、そしてマネジメントスペースは一気にサイバー化しました。私自身、新たな環境に慣れないことからの多少の混乱はありますが、マネジメントスペースのサイバー化を進めることで経営業務の生産性や価値創造力を大きく進歩させられる手応えを感じています。もちろん、そのために整えるべき課題は人事から経営情報システムまで山積みです。しかし、その先には全く違う景色が広がっています。

 

□ ギター

違う景色と言えば、ステイホームだったこともあり、久しぶりに音楽の映像を沢山見ました。そこで見つけたtoconomaというバンドのギターが格好良いので、20年ぶりにギターを引っ張り出しました。reliveという曲を耳コピしようとしたらYouTubeにプレイサンプルを発見!便利になったものです。それでもリハビリにしては難しすぎて挫折しました。来週からぼちぼち小規模なレースも再開されるようなので、まぁこちらは一時的なものかもしれません。いやーそれでもrelive、完コピしたい!

 

社会活動がrelive(よみがえり)始めましたが、みなさま健康第一で!

コロナだけではないリスク

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起:社会活動の再開

5月に入り、世界中が社会・経済活動の再開に向けて舵を切っています。第二波の心配もありますが、社会的な状況を踏まえ経済を絶対安静の状況からアクティブ・リカバリーへと移行する事は是であると思います。しかし、各国の実態は一律ではありません。右へならえと言うよりは、参考にしつつも自国にとって最適なリカバリー方法を模索する事が一層重要であると考えています。

 

承:新しい生活様式での経済活動

さて、経済や社会活動のアクティブ・リカバリーですが、目指す方向によって努力の仕方も異なります。元通りに再現するのであれば、以前の状況をゴールとしてそこへの道のりを歩むことになります。以前と異なるのであれば新たな姿をイメージして道のりを歩む必要があります。現在のコモンセンスは、「新しい生活様式」での経済活動と言うことになります。行動制約、もしくは変容を求められている以上経済活動に与える影響が小さくない事は皆さんご承知の通りでしょう。

 

転:コロナだけではないリスク

しかし、コロナ禍というものはこれまでも人類が何度も経験してきた災害の一つです。地震や台風などと同様に人がコントロール出来ない自然現象として襲いかかる禍です。つまり、新たな経験ではありません。これまでと何が違うかと言えば社会で最大の力を持つ各国政府の対応でしょう。グローバル化と情報技術の進歩によりリスクの拡散と共有が格段に高まり、すでに環境問題を始め沢山のリスクを抱えた社会であるにも関わらず世界はコロナ一色になりました。戦争と例えられる事もわかります。ゆえに、全体主義的な要請によるリスクも平行して高くなっていると感じています。

 

結:自律的にサステナブルな新日常を創造する

アクティブ・リカバリーは個々の状況に応じた最適化を目指すべきです。もちろん社会に参加するものとして社会的要請に協力する事に是非はありません。しかし、新しい生活様式の先にある未来に向けては、自治体や企業、さらには個人という単位でも自律的に考え行動する必要があります。そこでのコモンセンスは、つながりすぎた社会ゆえに「自他一如」という考え方の重みが増します。社会のサステナビリティに資するかを判断のベースとする考え方です。地理的にも、思想的にも、政治的にも、そして時間さえも区切らず一体として考える想像力です。

 

厳しいときほど自分事で精一杯になりがちですが、全体主義的リスクを抑え、よりよい環境をつくるためにも社会のサステナビリティという観点から新たな日常への適応に取り組んで参ります。

先義後利、この国のコーポレートガバナンス

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 当社には「お客様志向」「高収益志向」「一芸志向」をまとめた「三志向」と呼ぶ経営方針があります。意味は「先義後利」に近いものです。より実践的に、自分の貢献する顧客を特定し、その課題を理解し、クリエイティブに解決手段を生み出し、役立つ。そんな事に集中出来れば皆がハッピーになる。その様な考え方です。

コロナ禍の渦中にあり、非常に不確実な未来が企業の決算発表や経済のマクロ指数、市中の商業活動から浮かび上がって来ています。この様な環境にあると、普段以上に会社というもののあり方を見つめ直さずにはいられません。

会社とは営利のための組織である。企業価値を高めることが経営者の使命である。それは株式会社、さらには上場企業のドグマです。しかし、それが会社の存在する目的でしょうか。私は、会社は社会の役に立つために存在する。企業価値は結果である。そんな考え方でやってきました。

しかし、企業価値の向上が時価総額の向上と混同されることも少なくありません。時価総額の向上を前提とすると、財務レバレッジを使って一株あたりの利益を高めるような活動も当然の手段として見なされるようになります。

この数年、日本の上場企業はコーポレートガバナンス改革と称してファイナンス視点から稼ぐ力を高めよと散々鼓舞されて来ました。確かに、世界の企業がファイナンス技術を活かし、企業価値を急増させている以上、日本企業もファイナンス技術を使いこなす必要がある事は間違いではありません。また、稼ぐ力を高める事は事業継続のためにも必須です。

しかし、「稼ぐ力」ファーストなのでしょうか?

相対的にモノが飽和した社会において、価値という抽象的な富はすでに実態を失って暴走しています。取り残されないように国家はデフレからの脱却を盾に担保のない紙幣を大量に発行して来ました。しかし、コーポレート・ガバナンス改革を進めても、稼ぐ力である付加価値を生み出す力の向上には繋がっていません。フォーカスポイントが私たちの実態に合っていないのです。

先義後利、まず社会の役に立つ、その手段としてファイナンスも使いこなす、そして正しく役立てば稼ぐ力が強くなる。このスタンスは日本のカルチャー的にもしっくりきます。「役立つ力」ファースト、誰がなんと言おうと、俺たち、私たちはこれで行く。それぐらい徹底することが重要だと考えています。

引き続き難局が続きます、皆様くれぐれも健康第一で!

東京マラソン2020のゼッケン

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自宅の部屋の壁に、リタイアしたままになっている幾つかのレースのゼッケンをぶら下げています。

時折ボロボロになったゼッケンを眺めながらレースを思い出すと、愉しさと悔しさが混じり合って自然とモチベーションが沸いて来ます。

そこに真新しいゼッケンが一枚増えました。昨日送られてきた東京マラソン2020のゼッケンです。

個人的に三大レースとしている「富士登山競走」(7月開催)、「日本山岳耐久レース:ハセツネカップ」(10月開催)、そして「東京マラソン」(3月)が並びました。

今年はこれら三大レースに加えて、初の本格海外レース(8月)にエントリーしています。過去2年連続で抽選にはずれ、ようやく3年目で参加権を得たこの一本は今年の目玉です。

今後のコロナ禍の状況次第では東京マラソン以外のレースも開催中止となる可能性は低くないでしょう。また、それどころではない状況も相まってトレーニングも滞りがちです。

気がつくと体重が急増!慌ててファスティングの繰り返し。最近の株価のように、一日単位の体重のボラティリティ(増減)がかつて無く激しくなっています。(笑)

心身の健康のためには、状況がどうであれ大会が開催される前提で出来る事をして置く方が良さそうです。

危機管理同様、最悪を想定して準備するだけではなく、最善に向けた行動も出来る範囲で疎かにしないようにトレーニングを続けていこうと思います。

みなさまも健康第一で!

続・健康第一!心のサプリ、禅語三選

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新型コロナはあらゆる人の行動に大きな制約がかかる事からも社会的インパクトは戦争に類するものかもしれません。あらゆる人が他人事に出来ない災禍です。

とは言っても、人の健康なくして健全な社会、経済環境は成り立ちません。健康第一です。

 良好な健康状態を維持するには心身両方に気を配る必要がありますが、身体よりも心の健康が心配な人も少なくないでしょう。私もその一人です。様々な情報の中、見通せない先を考える事で知らず知らずに精神は普段以上に疲労します。

そこで、心のサプリ。禅語を眺めながら心に留まったものを三つご紹介します。

 

莫妄想(まくもうぞう):妄想することなかれ

事実と同時に大量の仮説も情報として取り込む事で、自分の妄想が暴走しそうになります。未来を読む事は大切ですが、あまり読む事に必死になると妄想に囚われてしまいます。江戸時代中期の禅僧、白隠和尚は「病気が人間を殺すのではなく、妄想が人間を食い殺すのだ」と戒めていたそうです。健康を害するような思考の集中は、オーバートレーニングのようなもの、要注意です。

 

看脚下(かんきやつか):あしもとを見よ

先の見通しが困難な現状は光量が落ちたライトで夜のトレイルを走るようなものです。禅語では先を見通す明かりを失った時はあしもとを見よと言っています。禅語で言う「あしもと」とは自分が自分を幸せに出来る生き方、価値観のようなものです。他のランナーがそれぞれライトを持っていても、自分の足下や行き先を照らしてもらえるとは限りません。自分の足下がしっかり見えている自覚がないと要注意です。

 

日々是好日(にちにちこれこうにち)

そして、最後は日々是好日。妄想に追い立てられ、足下も見ずに過ごしているとあらゆる事が雑になります。そんな日々を繰り返している時の心の状態は悪くなるばかりです。出来るだけ意識して小さな動作、人との会話、意思決定などを丁寧にすると自然と心がリカバリーして来ます。一日に出来る事ってこんなに少ないのかと驚く事もありますが、それなりに丁寧に今日も一日過ごせたと思えれば大丈夫です。

 

さて、先の見通せない状況はまだ続きますが、健康第一で参りましょう!