THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

audibleとAIと人間という動く物

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三連休、エントリーしていたレースをDNS(欠場)にして、完全レストを決め込んだ。代わりにロングドライブ、お供はaudible。聞く本である。

最近の読書は斜め読みが中心である。要点だけつかんで、作者の世界観や視座をおおざっぱに理解する。必要な気づきだけ得て終わり、そんな味気ない新聞を読むごとくである。

しかし、audibleではそうは行かない。丹念に描かれた文章を、朗読によって熟読させられる。想像力を全開にして頭の中で映像化する。おのずと車のスピードも控えめになる。

目で読もうが、耳で聞こうが、言葉によってのみ他者の考えや体験談を追体験する、読書という行為の不思議さを改めて思う。

それにしても、人間が発する音の組み合わせに意味を持たせ、それを文字という記号と関連付けることで、意思疎通ができるという人間の能力は驚きだ。その上に現在の生成AIがあり、対話という方法によって、人とAIの垣根が溶けている。

しかし、今のところAIには言行一致という概念はない。あくまで、行動における責任を持たない言葉の世界であり、行動は私たち人間、つまり動く物にゆだねられている。

AIによって、言葉の進歩は加速する。一方の私たち動く物の行動力はどうだろう。日々、良質な行動を地道に積み重ねることの重要性を改めて思う。

 

MAKE TOMORROW!

エジンバラ・ロンドン・パリ、IR散歩

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先週は、機関投資家回りを中心にエジンバラ、ロンドン、パリを訪ねてきた。気温はエジンバラ、ロンドンが5度~15度、パリに入ると10度~20度、パリは秋だが、ロンドンはすでに初冬を感じる寒さだ。いまだ夏を引きづっている東京と季節感の違いは大きい。

2年ぶりのヨーロッパIRツアー(Investor Relationsと呼ばれる投資家との対話)は、BE GLOBAL2028という当社の5年中期戦略の現状と課題と今後の方針について、直接投資家と対話することが目的だった。

中でも、一番の関心事は年度や四半期毎の売上や利益という会計数値だけにとらわれることなく、将来キャッシュフローの最大化のための行動(=企業価値経営)が投資家にとってどのように受け止められるのか感触をつかむことだった。

考え方については特に異論もなく対話はスムーズだった。ただし、従来の開示情報だけでは説明できないことも多く、「企業価値経営」を推進するには、より積極的な開示が必要であることも実感した。保守的な開示は経営者の行動を保守的にするが逆も真なりである。企業価値経営には、そのための開示が欠かせない。

事業以外の投資家の質問は、AI、余剰資金の使い方、株価、この3点に集中していた。後者の2つは先月の株主総会でも概要を説明していたが、AIの事業インパクトについては、自分自身まだ整理がついていない。ある程度の仮説はあるがまだまだR&Dを重ねる必要を感じている。

投資家側はコンサルやソフトウエア業界へのインパクトを探っているようだった。先方も投資先へのインパクトを読みあぐねている印象だ。

全般を振り返ってみると、なんとなく皆さん余裕があるように感じた。全般的に雰囲気が良かった。日本株を含め、おそらく投資先のポートフォリオが好調なのだろう。マーケットの環境によって投資家の空気もだいぶ異なる。

 

それはさておき、街の様子で2つ印象的なことがあった。一つは、歩きスマホがほぼ無いこと。もう一つが、街をランニングする人がずいぶんと少ないこと。三都市ともに、である。後者は時間帯や場所の特性もあろうが、歩きスマホについては、禁じられているのだろうかと思うほど見かけない。ホテルのレストランでも同様だ。情報のキャッチアップにはスマホではなく、紙の新聞を広げている。そういう距離感なのだろうか。

 

やはり、現地でなければ気づかないことも多い。体力は必要だが、トレイル同様、定期的にレースやロードショーに出るのは役に立つ。

MAKE TOMORROW!

エジンバラ散歩

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エジンバラに来ている。羽田からフランクフルトで乗り継ぎ18時間だ。一昨年の訪問では滞在時間がわずか17時間。とても美しい街並みだったことが忘れられず今回は仕事の予定より一日早く入った。

念願のエジンバラ城では、数ある見どころの中でも約900年前からたたずむセント・マーガレット教会堂が心に残る。あまたの戦乱を乗り越えてきた城だが、石造りのとても小さな教会堂がずっとカタチを変えずにかの地にたたずんで来たことを想像するだけで楽しい。千年のタイムラプスが脳裏を駆け巡る。

たまには、走ることも経営することもせず、散歩を楽しむのも悪くない。

MAKE TOMORROW!

 

一生モノの乗り物

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 数日前から急に走りやすくなった。ようやく酷暑も一段落だ。しながわ花街道という勝島運河沿いのお花畑も、コスモス満開である。

 この数年、夏場になるとほんの数キロでも走るのをきつく感じるようになった。老化だなと受け止めていたが、老化にもいろいろある。筋力や心肺機能の低下はそれほど感じていない。夏場になると、追い込めなくなるだけで、涼しくなるとある程度走れるようになる。要は、暑さに弱くなったのである。

 車やコンピューターも同様だが、力を発揮するには冷却が欠かせない。人間にとって、汗をかいても体温を下げられない環境では簡単にオーバーヒートを起こす。汗だくになって走ることも嫌いではないが、気持ちよく走るにはある程度寒いほうがよい。年間を通しても、冬場のほうがコンディションは整えやすい。とはいえ、冬場は冬場のトラブルもある。

 トレイルを走っていると、旧車をメンテしながら恐る恐る運転しているような感じだと、自分を笑ってしまうこともちょいちょいある。まぁ、買い替えのできない一生モノの乗り物だ。メンテしながら大事に乗っていくしかない。

MAKE TOMORROW!

社会の持続性のために、利益追求の前提にあること

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 天王洲界隈を走っていたら、競歩をしている人がいた。珍しいなと目を凝らすとポルトガル、エチオピアなどのユニフォームが見えた。世界陸上の選手だ。比較的人が少なく走りやすい練習の穴場をよく見つけたものだと感心していると、その後もイタリー、フランスの選手がジョグをしていた。普段のランの中にも世界陸上が溶け込んでいる。

 それにしても、陸上選手にとっても東京まだまだ暑い。もし、34年後に東京で世界陸上が開催されるなら、全館空調スタジアムか、冬開催か、それにしても止まらない温暖化は日常生活の場としての危機さえ感じる。原因には諸説あるが、経済発展と温暖化の関係は無視できない。経済至上主義が世界に広がってしまい、ついに自然が人間の活動を受容しきれない閾値を超えてしまったようだ。

 経済を担う一人として、経済の成長追求は社会の持続性によってのみ正当化できると考えている。しかし、現実の経済活動はそうではない。ESG(環境・社会・統治)投資のように社会の持続性を重視した事業活動を支える投資も、リターンが上がらなければ下火になる。なによりも儲かるビジネスが社会持続性と一致しない限り、経済成長と社会持続性は両立しない。この問題解決のための経営のあり方こそが、私自身のテーマである。

 NHKの「映像の世紀バタフライエフェクト、高度成長 やがて悲しき奇跡かな」の中で語られていた近代史家、色川大吉の言葉が(思想的立場はさておき)心に刺さった。1996年朝日新聞掲載の水俣病に関する行である。

 「水俣病は、日本が高度成長をなしとげ、国民が豊かになった代償として起こったものではない。順序は逆である。このような惨たんたる犠牲を平然と見過ごし利益追求を優先させた社会の体質があったから高度成長ができたのである」

 当時とは社会の体質も大きく変化してきているが、犠牲は形を変えているだけで利益追求を優先している点に変わりはない。

 日本は公害を減らし、環境を整え、高度成長期の負の側面をかなり修正してきた。相対的ではあるが、世界中の人から住みやすいと評価される国になった。では、私たちの経済活動の犠牲はどこに行っているのだろうか?もはや、一企業、一国の範疇を超えて、止まらない温暖化もその一つだろう。

 色川の言葉を借りるなら、「惨たんたる犠牲」を決して看過しないことを最優先として、利益追求を行う。そんな経営の徹底が未来をつくる。次の世界陸上東京でも多くの人が平和に楽しめるような社会につなげたいものである。

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本を書くというロングレース

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昨日は、トレイルレースをDNS(Do not start)した。引きこもりである。

先日、出版社と本の企画相談をしたのだが、商品化には程遠いことが分かった。思いつくままに、ある程度書き出してみたが、言いたいことが多すぎるという事で論点を絞り抜本的に再構成することになった。

提案していただいた新たな構成案や執筆の方向感は、なるほど、さすがである。

文章を書くことは嫌いではない。本も好きだ。本に囲まれているとなんとなく落ち着く。そんな身近な存在だけに、自分でもそこそこ書けると考えていたのだが全くの勘違いだった。

本について、今までの自分はあくまで観客の一人に過ぎない。野球で例えるなら、好きなチームの応援にはまり大抵の試合を見ることで知識は豊富、選手批評もそこそこ出来る。しかし、実際の野球と言えばたまにバッティングセンターで空振りを重ねる程度の腕前。とても、プロに交じって試合になど出られるものではない。と言ったところだろう。

本棚にある大量の書籍を書いた人たちに、「すみません!」だ。

とは言え、乗りかかった舟、いや、トレイルランナーとしては、走り始めたロングレースだ。なんとか完走を目指したい。

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トウキンビでみた、言葉や絵のチカラ

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トウキンビ(東京国立近代美術館)に行ってきた。「コレクションを中心とした特集 記録をひらく記憶をつむぐ」展が目当てだ。戦後80年というタイミングで、戦争と世相を美術を通して振り返るというものである。以前見た、あの藤田嗣二が描いた「アッツ島玉砕」が強く印象に残っていたこともある。

展覧会の序盤、当時の雑誌や絵を眺めると、その時代の人たちのある種の熱狂を感じずにはいられない。詩人、高村光太郎の「記憶せよ、十二月八日」には、「東亜を東亜にかえせというのみ」と大義が高らかと歌い上げられていた。

しかし、手段がまずかった。

次第に、それを目の当たりにする展示物へと変化していく。

本展で最も引き付けられたのは、広島で実際に被害にあった人々によって描かれた原爆投下直後の絵図である。ほかの如何なる壮麗な絵画よりも圧倒的に心を揺さぶってきた。実際に体験した人々による描写と言葉に勝るものはない。誰が何と言おうと、原爆はいかん、戦争はだめだ。そう心から思う。

人間、大抵のことは他人事にしないと生きづらい。しかし、これらの言葉や絵から発せられる描いた人たちからの強いメッセージには、見る人の自分事に変えるチカラがある。展示物にもあったマンガ、水木しげるの「全員玉砕せよ」も同様だ。リアルに体験した人たちの言葉や絵は人類の宝である。

さて、私たちはその宝を生かせるのだろうか。

いや、生かしていこう。

MAKE TOMORROW!