THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

ダイバーシティは人生を豊かにする

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10日ぶりに走った。近所を流す程度のランだが、懐かしい香りの輪を幾度も潜り抜けた。金木犀(キンモクセイ)である。花の香と言えば、初夏のクチナシやラベンダーも印象的だが、中でもキンモクセイは別格だ。

人間の五感の中でも、嗅覚は情動や記憶との結びつきが強いそうだ。たしかに、キンモクセイの香を感じると、ある特定のシーンを必ず思い出す。中学三年の秋の夕暮れ時、友達と二人、その友人の自転車に腰掛けながら、長々となにかを話し込んでいる、そんな景色とキンモクセイの香が一体になって記憶のカプセルに格納されている。

話の内容は思い出せない。おそらく、普段の何気ないシーンが、キンモクセイの香によってタグ付けされ、記憶されただけなのだろう。不思議なものである。

人間よりも嗅覚に優れた動物たちにとって、香と記憶の関係はもっと重要なものなのだろう。人間と生活を共にする犬や猫といった動物たちは、視覚や聴覚よりも、嗅覚によってさまざまなコトを判別し、記憶しているように見える。

普段どうしても、自分の認知(モノゴトのとらえ方)の方法を大前提として他人や動物のことを考えてしまうが、そんな大前提は、相手に対する理解の障害にしかならない。逆に、認知の違いを知ることによって、自分の認知の限界を超え、新たな発見ができれば、好奇心も尽きなくなる。

自分の認知には限界がある。もし、新たな発見や気づきが減ってきたなと感じたらイエローカードである。自分の認知だけに頼らず、異なる認知のあり方への興味を持って知的好奇心を満たし続けること。これも人生を豊かにするgrowth mindsetのあり方の一つである。

そんな様々な認知のあり方に触れられる、ダイバーシティ豊かな人間、いや人間に限らず多様な関係は人生を面白くする。

MAKE TOMORROW!

迎え酒ならぬ、迎えランに気をつけろ

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今週もエントリーしていたレースをDNSに(欠場)した。

海外出張中に何かを拾ってきたらしく、どうも夜の咳が止まらない。走れば治ると、少し具合が良ければ走っていたが、そのたびに悪化する。いつものようなアクティブ・リカバリーとはいかない。

観念して、ホームドクターに薬を出してもらった。よし、これで今週末のレースを走って治すぞ、そんな能天気なことをオフィスで話していたら。。。

「それは駄目でしょう、迎え酒ですよ。」と諭された。

確かに、ランは酒と似ている。走っていると気持ちがよくなる。ほどほどであれば良いが、やりすぎると二日酔いどころか、三日も四日もダメージからのリカバリーにかかる。走り続けているうちに、走らずにはいられなくなるような中毒性もある。健康に良いと信じ込んでいるが、走りすぎて免疫が落ちたりとマイナス面も少なくない。

なるほど、今走るのは迎え酒だな。ということで、菌が抜けるまでは、断酒ならぬ断ランにした。

などともっともらしく書いているが、我ながらアホさ加減に少しあきれる。まぁ、アホは死ぬまで治らない病である。そろそろ人の話をちゃんと聴いて生きられるようになりたいものである。笑

MAKE TOMORROW!

audibleとAIと人間という動く物

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三連休、エントリーしていたレースをDNS(欠場)にして、完全レストを決め込んだ。代わりにロングドライブ、お供はaudible。聞く本である。

最近の読書は斜め読みが中心である。要点だけつかんで、作者の世界観や視座をおおざっぱに理解する。必要な気づきだけ得て終わり、そんな味気ない新聞を読むごとくである。

しかし、audibleではそうは行かない。丹念に描かれた文章を、朗読によって熟読させられる。想像力を全開にして頭の中で映像化する。おのずと車のスピードも控えめになる。

目で読もうが、耳で聞こうが、言葉によってのみ他者の考えや体験談を追体験する、読書という行為の不思議さを改めて思う。

それにしても、人間が発する音の組み合わせに意味を持たせ、それを文字という記号と関連付けることで、意思疎通ができるという人間の能力は驚きだ。その上に現在の生成AIがあり、対話という方法によって、人とAIの垣根が溶けている。

しかし、今のところAIには言行一致という概念はない。あくまで、行動における責任を持たない言葉の世界であり、行動は私たち人間、つまり動く物にゆだねられている。

AIによって、言葉の進歩は加速する。一方の私たち動く物の行動力はどうだろう。日々、良質な行動を地道に積み重ねることの重要性を改めて思う。

 

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エジンバラ・ロンドン・パリ、IR散歩

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先週は、機関投資家回りを中心にエジンバラ、ロンドン、パリを訪ねてきた。気温はエジンバラ、ロンドンが5度~15度、パリに入ると10度~20度、パリは秋だが、ロンドンはすでに初冬を感じる寒さだ。いまだ夏を引きづっている東京と季節感の違いは大きい。

2年ぶりのヨーロッパIRツアー(Investor Relationsと呼ばれる投資家との対話)は、BE GLOBAL2028という当社の5年中期戦略の現状と課題と今後の方針について、直接投資家と対話することが目的だった。

中でも、一番の関心事は年度や四半期毎の売上や利益という会計数値だけにとらわれることなく、将来キャッシュフローの最大化のための行動(=企業価値経営)が投資家にとってどのように受け止められるのか感触をつかむことだった。

考え方については特に異論もなく対話はスムーズだった。ただし、従来の開示情報だけでは説明できないことも多く、「企業価値経営」を推進するには、より積極的な開示が必要であることも実感した。保守的な開示は経営者の行動を保守的にするが逆も真なりである。企業価値経営には、そのための開示が欠かせない。

事業以外の投資家の質問は、AI、余剰資金の使い方、株価、この3点に集中していた。後者の2つは先月の株主総会でも概要を説明していたが、AIの事業インパクトについては、自分自身まだ整理がついていない。ある程度の仮説はあるがまだまだR&Dを重ねる必要を感じている。

投資家側はコンサルやソフトウエア業界へのインパクトを探っているようだった。先方も投資先へのインパクトを読みあぐねている印象だ。

全般を振り返ってみると、なんとなく皆さん余裕があるように感じた。全般的に雰囲気が良かった。日本株を含め、おそらく投資先のポートフォリオが好調なのだろう。マーケットの環境によって投資家の空気もだいぶ異なる。

 

それはさておき、街の様子で2つ印象的なことがあった。一つは、歩きスマホがほぼ無いこと。もう一つが、街をランニングする人がずいぶんと少ないこと。三都市ともに、である。後者は時間帯や場所の特性もあろうが、歩きスマホについては、禁じられているのだろうかと思うほど見かけない。ホテルのレストランでも同様だ。情報のキャッチアップにはスマホではなく、紙の新聞を広げている。そういう距離感なのだろうか。

 

やはり、現地でなければ気づかないことも多い。体力は必要だが、トレイル同様、定期的にレースやロードショーに出るのは役に立つ。

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エジンバラ散歩

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エジンバラに来ている。羽田からフランクフルトで乗り継ぎ18時間だ。一昨年の訪問では滞在時間がわずか17時間。とても美しい街並みだったことが忘れられず今回は仕事の予定より一日早く入った。

念願のエジンバラ城では、数ある見どころの中でも約900年前からたたずむセント・マーガレット教会堂が心に残る。あまたの戦乱を乗り越えてきた城だが、石造りのとても小さな教会堂がずっとカタチを変えずにかの地にたたずんで来たことを想像するだけで楽しい。千年のタイムラプスが脳裏を駆け巡る。

たまには、走ることも経営することもせず、散歩を楽しむのも悪くない。

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一生モノの乗り物

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 数日前から急に走りやすくなった。ようやく酷暑も一段落だ。しながわ花街道という勝島運河沿いのお花畑も、コスモス満開である。

 この数年、夏場になるとほんの数キロでも走るのをきつく感じるようになった。老化だなと受け止めていたが、老化にもいろいろある。筋力や心肺機能の低下はそれほど感じていない。夏場になると、追い込めなくなるだけで、涼しくなるとある程度走れるようになる。要は、暑さに弱くなったのである。

 車やコンピューターも同様だが、力を発揮するには冷却が欠かせない。人間にとって、汗をかいても体温を下げられない環境では簡単にオーバーヒートを起こす。汗だくになって走ることも嫌いではないが、気持ちよく走るにはある程度寒いほうがよい。年間を通しても、冬場のほうがコンディションは整えやすい。とはいえ、冬場は冬場のトラブルもある。

 トレイルを走っていると、旧車をメンテしながら恐る恐る運転しているような感じだと、自分を笑ってしまうこともちょいちょいある。まぁ、買い替えのできない一生モノの乗り物だ。メンテしながら大事に乗っていくしかない。

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社会の持続性のために、利益追求の前提にあること

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 天王洲界隈を走っていたら、競歩をしている人がいた。珍しいなと目を凝らすとポルトガル、エチオピアなどのユニフォームが見えた。世界陸上の選手だ。比較的人が少なく走りやすい練習の穴場をよく見つけたものだと感心していると、その後もイタリー、フランスの選手がジョグをしていた。普段のランの中にも世界陸上が溶け込んでいる。

 それにしても、陸上選手にとっても東京まだまだ暑い。もし、34年後に東京で世界陸上が開催されるなら、全館空調スタジアムか、冬開催か、それにしても止まらない温暖化は日常生活の場としての危機さえ感じる。原因には諸説あるが、経済発展と温暖化の関係は無視できない。経済至上主義が世界に広がってしまい、ついに自然が人間の活動を受容しきれない閾値を超えてしまったようだ。

 経済を担う一人として、経済の成長追求は社会の持続性によってのみ正当化できると考えている。しかし、現実の経済活動はそうではない。ESG(環境・社会・統治)投資のように社会の持続性を重視した事業活動を支える投資も、リターンが上がらなければ下火になる。なによりも儲かるビジネスが社会持続性と一致しない限り、経済成長と社会持続性は両立しない。この問題解決のための経営のあり方こそが、私自身のテーマである。

 NHKの「映像の世紀バタフライエフェクト、高度成長 やがて悲しき奇跡かな」の中で語られていた近代史家、色川大吉の言葉が(思想的立場はさておき)心に刺さった。1996年朝日新聞掲載の水俣病に関する行である。

 「水俣病は、日本が高度成長をなしとげ、国民が豊かになった代償として起こったものではない。順序は逆である。このような惨たんたる犠牲を平然と見過ごし利益追求を優先させた社会の体質があったから高度成長ができたのである」

 当時とは社会の体質も大きく変化してきているが、犠牲は形を変えているだけで利益追求を優先している点に変わりはない。

 日本は公害を減らし、環境を整え、高度成長期の負の側面をかなり修正してきた。相対的ではあるが、世界中の人から住みやすいと評価される国になった。では、私たちの経済活動の犠牲はどこに行っているのだろうか?もはや、一企業、一国の範疇を超えて、止まらない温暖化もその一つだろう。

 色川の言葉を借りるなら、「惨たんたる犠牲」を決して看過しないことを最優先として、利益追求を行う。そんな経営の徹底が未来をつくる。次の世界陸上東京でも多くの人が平和に楽しめるような社会につなげたいものである。

MAKE TOMORROW!