THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

カッコイイカタチにやどる何か

f:id:runavant:20260215123441j:image

 今朝の朝ランで、突然洗足池に行きたくなった。春のような陽気を感じ、急に呼ばれた。洗足池近辺には15年ほど住んでいたのでなじみ深い。30代後半、体力勝負のような無茶な仕事の仕方に限界を感じ、ラジオ体操にしばらく参加していたこともある。勝海舟が終の棲家を構えた小さな景勝地である。

 走っていけばよいのだが、遠足気分もよかろうと久しぶりに池上線に乗った。どことなく愛らしい。どんな人が何を考えながら、こんなデザインを描いたのだろうと想像を膨らませてしまう。こういった人間がつくりだしたモノにも人それぞれの好みが生じるのが面白い。

 個人的にもなにかしら、カタチに対するフェチ(なにか特定のこだわり)があるらしいが正直よくわかっていない。子供のころ、机の角を見る角度で、グッとくるポイントを探っていた記憶もある。我ながら何をやっていたのだろうと思い出すと笑いが込み上げてくる。

 とはいえ、ヒントはある。乗り始めてから四半世紀近くになるポルシェ911カレラ4S(マニュアル)という車だ。最新のポルシェは最善のポルシェと言われているので、新型911を乗り継いでいくのだろうと考えていたのだが、すでに24年目に入ろうとしている。増車はしたが、911はこの一台だけだ。しかも、一般的には歴代ポルシェ911の中で最も人気がない996という型である。

 不人気の理由の一つがヘッドライトの形状と言われている。996型は911伝統の丸目ではなく、涙目型であることがダメらしい。ところが、そんな市場の声に応えるべく丸目になって登場した997型を始めて見たときは、「なんだ、カッコ悪くなったじゃないか」と全く惹かれなかった。 実際に試乗をしても、う~ん、買い替えるほどではないな。と見送った。

 996型は、当時ポルシェが陥っていた経営危機を乗り越える上で大きな役割を果たした。マニア向けの色が濃く、量産効果が小さく、不安定な経営に陥っていたところを、ユーザー層を拡大し、生産効率も高めた。技術的には、伝統の空冷式エンジンから水冷式へと大転換した。そんな、技術的にも非連続的な変化点で、伝統的な設計思想も引きずりながらデザインされたエポックメイキングな世代である。

 もちろん、996型も初期にはいろいろと問題があり、デザインも残念な点はあったのだが、完成度を上げてきた後期型のC4Sをカーグラフィックで見てドキッとしたことを覚えている。特に、斜め後ろからのカタチが個人的にはとても好きだ。今でも、ほれぼれと眺めてしまう。

 それに引き換え、997型はどこかハリボテ感があった。中身は大きく変化せず、上っ面を、技術的な必要性ではなく、市場ニーズの取り込みという点でゆがめてしまい、911の純度を下げてしまったように個人的には感じた。996型は、サイドミラーの格納が手動だ。日本車なら当たり前の機能がオプションにもないことを当時の講習会かなにかで、なぜ?と尋ねると、必要ない。とそっけない返答(オレは欲しいと思っていた)だったが、それが逆におもしろい!と感じた。

 997型になると、ヘッドライトは丸目に戻され、サイドミラーの格納も自動になった。「必要ない」に宿っていた矜持が一挙に失われたように感じたのである。その後、991型になると、一段と一般化が進み、カッコよく、よい車にはなったのだが、911本来が持っていたアホというかバカさがなくなり、面白くない。もはや、あがりの車になったように感じた。若い頃からずっと、メルセデスに乗ったらあがりだな。そんな風に思っていた。多くの人にとってよい車を自分が好むようになった時は、誰かの作品としての車への興味が薄れたという趣旨だ。

 いかん、こういう話になると長くなる。いずれにしても、デザイナーの意志の見えるプロダクトは魅力的だ。ということである。ビジネスになると、売れてナンボという現実も無視できないのだが、誰かに役立つ、誰かの問題を解決する、というビジネスの始点を研ぎ澄ませれば、こうやって解決するんだ、という設計者の意志は自ずとプロダクトやサービス、商品に透けてくるものである。迎合せず、凛とした意志をもったプロダクトは美しい。

 

MAKE TOMORROW!

雪と選挙とオリンピック

f:id:runavant:20260208114439j:image

 東京も雪の中の選挙となった。微力ながらも経済活動を担う人間として政治とは一線を引くようにしている。いずれも社会のために、未来のためにということでは一致できるのだろうが、国家や自治体経営と企業経営とは根本的に自由度が違うからだ。中でも、そこにかかわる人にとっての選択の自由度がまったく異なる。

 会社や仕事については、どうしても今の環境が気に入らなければ個人の自由意志で変えることができる。選択肢も無限大に近い。しかし、自治体はともかく、国については簡単ではない。それは、経営する側の自由度にとっても同様だろう。会社のように、国家でM&Aや事業再編、リストラなどをやると、戦争になる。

 以前、政治に期待することを尋ねられたことがある。即座に戦争をしないこと。それだけと答えた。歴史的にみれば、それがかなり非現実的なことであるとは理解している。しかし、戦争はたくさんの庶民・市民が犠牲になる。ただでさえ、災害の少なくない国である。過去の国としての体験を踏まえ、戦争をしない国家を目指すことは、経済成長よりも優先すべきことではないかと個人的には考えている。

 では、経済成長しなくてよいのか?もちろん否である。それこそ、企業経営側の役割である。丁度開催されているミラノ・コルティナ2026オリンピックでメダルを取る選手がたくさん出てくるように、経済のオリンピックで金メダルを取りに行く会社が次々と現れるような社会はたくましく、面白い。経済は武力を使わない戦争という表現もあるが、国家として多くの庶民の命と自由を奪い生活を破壊する戦争とは全く違う。平和の祭典であるオリンピックのほうがよっぽどしっくりくる。

 政治には投票を通してのみの参加である。よって、自ら出来ることは事業経営を通した社会貢献しかない。どのような結果になっても、たくましく経済の発展に取り組んでいきたい。

MAKE TOMORROW!

じんわりとしたシフトチェンジ

f:id:runavant:20260201130359j:image

今朝は10k 500D+を走って来た。今年初めてのトレイルだ。身体がすっかりロード仕様になっているのか簡単な登攀でさえきつく感じる。登り始めから息が苦しくなり、心拍数があがらない。息が苦しい=心拍負荷が高いとならないのが不思議だ。登り専用に仕立てていた五年ほど前までは、ロードでは出せないような心拍数まで上げられていたが、コロナで、蟄居を余儀なくされてからすっかり登攀力が落ちて戻らない。

それに引き換え、ロードは目立って走力が落ちているようには感じない。そもそもロードの走り方もいいかげんだったので、効率的に走る余地があるように感じている。同じ持久ラン系なので、たいして違わないと思っていたが、いまさらながら全く別のスポーツであることに気づいた。

では、どっちが好きか?このブログでもさんざん書いてきたが、トレイルである。変化に富み、走っている最中も、何かを試行錯誤しながら走ることが断然楽しい。それに引き換え同じペースを淡々と守り抜くマラソンは退屈と感じてきた。しかし、これからもトレイルがメインというのは少々難しそうだ。かつてのように、少々無理してチャレンジするということのマイナス面が目立ってきた。チャレンジというよりは、より長く楽しむためのトレイルへ変化している。

そして、これまで興味が薄かったロードの魅力が、じんわりと立ち上がって来た。

MAKE TOMORROW!

自分の使い方

f:id:runavant:20260125134830j:image

 昨日、32k、最後7kだけ本番レースペースにするビルドアップ走をやってきた。練習コースは信号無しが条件だ。皇居もよいのだが、千鳥ヶ淵に向けての登りとそこからの下りで負荷が変化するので、それを嫌って、フラットな運河沿いにした。想定外に楽に走れて、狐につつままれたような気分になった。

 ほとんどをゆっくり走っていたためだろうか。また、ほとんど朝食をとらずに走り始めたことが効いたのか、途中2回のジェル補給だけで今回は不思議とハンガーノックが起こらなかった。一般的に長距離は、脂肪代謝寄りで走ると楽だと言われているが、そちらがうまく働いたのだろうか。

 水分についても、寒さのおかげか、300mlの薄めの塩水で足りた。ラン前後で1.2l程度体重が落ちていたので、1.5lの消費である。気温とスピード次第で、水分消費は10k おおよそ500ml~800ml程度だが、ゆっくりかつ寒ければ最低限の消費量で抑えられるようだ。経験的には、1.5kg以上体重が減っていると急にダメージが大きくなる。また、水分の摂取方法も、がぶがぶ飲むのではなく、少しずつ入れていったほうが、のどの渇きが少ない、ように感じる。

 この一月、寝起き時の手足のしびれや、起立性貧血のような症状対策として、塩の意識的な増量と、食事同様、寝る前の過剰な水分摂取をやめたことで、いずれも症状が改善しているのも興味深い。今のところ、短期的な再現性はあるが、季節を超えた長期的に再現できるか、興味深い。

 それにしても、人間の身体とは面白い。若さにかまけて、がむしゃらに負荷をかけていた時代とは違い、必要に迫られてではあるが、運動前後の食事や睡眠の工夫で運動のパフォーマンスに違いが出ることを体感できるのは面白い。もっと、若いころから知っていればとは思わない。あれはあれで、無茶出来るときにしかできないことだったと、体験的には満足している。

 まぁ、無駄と寄り道の塊ではあるが、それが人間の人生の面白さだと思う。とはいえ、次第に無駄や寄り道をしている余裕がなくなっていることが、ちゃんと自分の身体の使い方を知る興味へとつながっている。これは、運動に限ったことではない。仕事における自分の使い方を含めて、一事が万事だ。

欧米には70になるとWise Manと呼ばれるという話を聞いたことがあるが、経験からWise Manになるのではなく、Wise Manにならないと生きていけない。必然を言っているように思う。笑

MAKE TOMORROW!

運転を楽しむクルマから、音楽を聴くクルマへ

f:id:runavant:20260118160829j:image

 正月から、とりあえず毎日走るようにしている。距離や負荷はまちまちだ。ただし翌日に疲労を残さない程度に抑えることを縛りにしている。週末にガッツリ走って、完全休息を二三日入れるよりも身体の動きはよい。仕事もそうだが、休まずにはいられないほど追い込むよりも、毎日続けられるように過ごすほうが、最近の自分には合っている。とはいえ、休まずにはいられないほど追い込めるのは、回復力の高い若い時の特権だ。やれるうちにやっておいても損はない。

 話は変わるが、この一、二年ほど、「音」に敏感になっている。敏感といっても、物音がしたら目が覚めるとかいった類ではない。音質のようなものに妙に感度が高くなっている。酒をやめてから、晩酌がわりに時々ギターを弾くようになってから、(昔のようには聴き取れないが)耳コピを試みるうちに、音の解像度が気になり始めた。すると、音のいいスピーカーが欲しくなる。ところが、なかなかピンとくるセットに出会わない。そんなことを考えながらクルマに乗っていると、あれ? ここが一番じゃないか。と気づいた。

 クルマ(電気自動車)にBurmesterというオーディオシステムを入れているのだが、非常に臨場感と解像度のバランスが良く、全身がつつまれるようなサウンドをたたき出している。クルマと言えば、音楽を聴く環境としては劣悪、そんな常識もあり、全くベンチマークとして意識していなかったのだが、エンジン音が無い電気自動車はむしろ理想的な密閉空間となるということだ。

 これまでの運転体験では、なんだかんだとBOSEが一番だと思っていたが、それは劣悪な環境で聞くシステムとしての話。電気自動車にしてから3年近くたっているが、知らず知らずに極上の音に日々触れるようになっていたのである。音に敏感になったのは、ギターではなく、電気自動車のせいだった。

 こう思ったとたんに、自分の中で電気自動車は、エンジン車と全く異なるモノになった。いい音を聴くためにクルマに乗る。そんなモノに変化した。テクノロジーが生活に与える影響とは、案外すぐには気が付かないのかもしれない。最近運転が少々面倒になってきたのだが、クルマに乗ることが楽しみになってきた。

 

MAKE TOMORROW!

オレに塩を送る

f:id:runavant:20260112154340j:image

敵に塩を送る。

上杉謙信が、宿敵武田信玄に塩を送った故事である。塩と言えば、現代ではむしろ健康の敵のようなイメージがある。塩分の摂りすぎが健康に悪いと、あっちもこっちも減塩である。塩分が健康に悪いという話は一般論ではないにもかかわらず、1960年代に広く流布されたという話をどこかで読んだが、かつて程騒がれていないのは、そんな情報の補正が進んでいるからだろうか。

割と長い距離を走るようになってから、手足の冷えやシビレ、立ちくらみが頻発するようになった。血が足らんのかと、鉄分を多めに取ったり、その元となるタンパク質を取ったりと、いろいろやってみたが、決め手を欠いていた。根本原因が、恒常的な脱水症状であることまではわかっていたが、経口補水液を常用するのも簡単ではない。仕方がない、塩でも食べるか。とやってみた。

効果はテキメンだった。ラン前、ラン後、水を飲む前に塩をひとつまみ、味わって食う。それだけで、立ちくらみだけでなく、手足の冷えも改善された。ラン中のフラフラも、低血糖が主因だと思っていたが、案外塩不足も大きいようだ。そもそも発汗は良いほうなので、夏場に限らず、トレイルランでも脱水対策には悩まされていた。塩のサプリは使っていたが、大した効果を実感したことはなかった。サプリでは塩が足りていなかったのである。

もちろん、過ぎたるは及ばざるが如し、である。取りすぎは厳禁だが、なんとなく塩分が身体によくないと刷り込まれていたことや、汗をかきやすく塩分を保持しにくい体質であることを自分がわかっていないことで、塩の必要量を常に下回っていたのかもしれない。しばらく、自分自身に塩を送って様子を見てみよう、そんなことを考えながら走っていたら、いい塩梅に梅が咲いていた。

MAKE TOMORROW!

今年の書初めは「日々是創造」

f:id:runavant:20260104151028j:image

今朝はレースペースで10kを走ってきた。

仕事始め前なので、レース前の調整と同じように疲労を残さない程度の刺激にした。大人になったものだ。笑

もう一つ、年始ならではの準備がある。書初めだ。二日の事始めで書いておいたが、どうも出来が気に入らない。もう数枚書いてみた。ん~、なにか自意識が出ている。格好良く書きたいという気持ちが字に表れ始めている。作品としては面白くなっているのだが、今年の初心を残すという意味では、すでに違うものになっているようにみえた。

お題は「日々是創造」である。

さあ、今日は明日のために何をしよう。そんな毎日を過ごしていこう、というものだ。良質な行動への集中力スイッチを押す言葉である。

それだけに、すでに二日よりも進化(進歩ではない)してしまった書では弱くなる。出来が不満であろうが、初心をそのまま写したものこそ、この言葉にあっている。そんなところである。

と、ひとり納得して、落款を押した。

雅号は「青臭」、どこまでも、青臭く生きよう。

MAKE TOMORROW!