・スポーツと経営
野球、サッカー、ゴルフ、トライアスロン、世の中には様々なスポーツがある。ルールに基づき誰かと何かを競うアクティビティである。それは、競技に出場しているライバルと勝ち負けを競うものであり、勝ち負けは、野球やサッカーは一定の期間内で多く得点を得た方が勝ちとなる。ゴルフは打数の少なさ、トライアスロンはゴールまでの時間の短さを競う。
ところで、会社の経営はどうだろう。そもそも、スポーツのように誰かと競うものなのだろうか。会社というカタチは同じだとしても、おそらく、会社経営という領域においても野球やサッカーに該当する競技が無数に存在している。問題は、どのような競技があり、誰がどの競技に参加しているのか、それが曖昧な中、経営という活動を行っていることだ。
・経営における競技の見つけ方
起業に際して参考にした考え方の一つに、マイケル・E・ポーターの競争の戦略がある。現在の競合、需要、供給、新規参入、代替品という五つの視点から自社の立ち位置を把握するファイブ・フォースモデルから始まるものだが、自社のポジションを特定することは、スポーツでいうところの「種目」を選択することである。一番簡単なのは、競合を特定することだろう。通常の民間事業活動で競合が不在ということはない。
ここで見えてくる競技分類は、業種だろう。自動車産業やソフトウエア産業といった分類が野球やサッカーに該当するイメージである。それぞれの業種特性に応じて、例えば自動車産業の場合は年間生産台数やシェア、売上成長率、利益率というもので経営力を評価することができる。
競争戦略視点で経営力を考えると、それぞれが競合を上回っていれば、経営力において勝っていると考えても問題ないように思える。果たして、それでよいのだろうか。少なくとも上場企業はそれだけでは不十分である。ということで現在のコーポレートガバナンス改革がある。
企業の稼ぐ力を高めよう。そんな目論見でコーポレートガバナンス改革は始まった。稼ぐことへの当事者意識、言い換えると、稼ぐ力を高めないとやばいという危機感を高めるために、経営者の人事権を外部化すると同時に経営者の評価指標が資本効率であることを経営者のコモンセンスにすることが柱だ。特に、経営力というものを計測するグローバルスタンダードが資本効率であると特定した点は意義が大きい。しかし、資本効率で経営力を評価することは投資家の視点であり実体経済で社会貢献する事業家視点とはいまいちかみ合わない。そんな印象が強い。
・長期的な稼ぐ力を示すPBR
資本効率の代表としてROEという当期純利益を自己資本で割ったものがだいぶ大衆化した。2014年の通称伊藤レポートで、ROE8%以上を目指すべきと明記されたことによる。しかし、個別に見ると自己資本が軽い会社も少なくない。また、利益の向上だけではなく、自社株買いなどによって実質的な自己資本を減らすことで改善することも出来る。そんなこともあり、実業経営者にとっては、しっくりこなかった。
理由は簡単である。ROEは企業価値の構成要素の一つに過ぎないからである。後で触れる高収益経営同様、長期的な意義からROEをとらえない限り実業経営者にとって自分事として取り組む指標とならない。では、このようなファイナンス視点で実業経営者が自分事とできる指標があるのだろうか。個人的にはPBRという株価純資産倍率によって経営力を総合的に見ることが出来ると考えている。
株価という経営者がコントロールできない要素をそのまま経営力の評価につかう点は不適切なので、実際の株価ではなく、事業経営者として責任が持てる企業価値である目標PBRのことである。PBRはROEとPERに分解できる。ROEは現在の稼ぐ力、PERはこれからの稼ぐ力が投影される。
PBRにおいて日本企業と米国企業とのパフォーマンスギャップは開く一方にある。単に、現在の産業ごとの競争力の話ではなく、ブランドビジネスや、知財を徹底活用した無形資産による事業活動へのシフトがどんどん進んでいるということでもある。経営力を、PBRをもって計ると実業経営者にとっても自分事としていろんな課題が見えてくる。
今回の写真は、麻布台ヒルズにあるデジタルアートミュージアムで撮ったものだが、インスタ映えするためのデジタルアートにより、来場者がインフルエンサーとなり世界中からこのミュージアムにやってくる。ビジネス的にも、従来の不動産ビジネスとは次元の違うROIを実現している。PBRを押し上げるビジネスの一例だ。
・長期的視点のむつかしさ
個人的に京セラ創業者の稲森和夫さんの経営哲学に共感することが多い。しかし、その哲学の一つである高収益へのこだわりについては長い間違和感を覚えていた。成長こそ是であり、稼いだカネは未来の活動への試行錯誤のために使う方が上等だと考えていたからである。そんな考えを改めるきっかけとなったのはリーマンショックである。
その時すでに、10年以上の実業経営経験を経て、突発的環境変化における事業継続のための備えはしていた。それでも、製品開発R&Dを含め将来への投資的活動を停止する必要に迫られた。もっと日ごろから高収益への取り組みをしていれば、投資活動は継続できたかもしれない。そんな経験から、日ごろの高収益志向経営こそ、事業の長期的発展の礎となる。そう得心した。ようは、長期の視点から見た意味を理解していなかったのである。長期的視点をもって経営をする感覚を養うことは簡単ではない。
経営力とは
経営力とは、未来にわたり社会貢献を通してキャッシュを創出する力である。つまるとこころ、今の事業成績以上に、これからの事業成績こそが経営力としての評価要素なのである。事業経営の担い手としては、社会貢献の意義や社員のハッピネスを常に最優先に考える。しかし、経営力をリアルに突き詰めると、将来キャッシュフローの総和でしか評価できない。
スポーツ同様、会社にもいろんな競技や参加スタンスがあるが、少なくとも上場企業においてはオリンピックに参加しているようなものである。オリンピック同様、産業も細分化され、新しくニッチな分野も認められるようになってきた。各競技における企業価値の成長では負けない。そんな覚悟をもって経営力を磨いていきたいと考えている。