THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

無駄の先にある引き算の美学

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 東京マラソンから一週間、ようやく普通に走れるところまで回復した。以前、富士山マラソンのゴール後、若い女子たちがハイテンションで、マラソンは全治一週間と話していたことが印象に残っているが、その通りだ。

 今回のテーマ、というと大げさだが、気にしていたのは今後につながるランとの向き合い方であった。私にとって走ることは、心身の健康管理に尽きる。決して強くない身体と心をそこそこ使える状態にするために走っている。学生時代に運動習慣はなかったが、精神的に追い込まれると何故か走って解消していた。経験的に、走ればなんとかなる。そんな思い込みが根っこにある。それだけに、出来るだけ長く、走るという行為を続けられるようにしたいというものだ。

 健康をつくる方法は、かなり個人差がある。他人にとってのベストプラクティスを自分に適用してみてもうまく行かない。面白いことに、年を重ねるほど、そのギャップは広がっていると感じる。おそらく、普段の生活パターン、食事内容、運動習慣、仕事の負荷、さまざまな要因に対する心身の反応などの積み重ねで個体差は収束するのではなく、広がるのだろう。スタート地点が同じでも、微妙に向かう方向や速度が違っていると、距離を踏むにつれお互いの距離がどんどん離れていくようなものである。

 そこで、自分に合った習慣としての走り方を探索するために、今回の東京マラソンまでの三か月、走ること以外の食事や睡眠、筋トレなどを試行錯誤してみた。評価は「毎日走る」時の体感を中心に据えた。タイムや心拍数、HRVなどデバイスによる指標は参考として、あくまで体感を中心にした。その結果、いくつか面白い事実が浮かび上がって来た。中でも、リカバリーや体調管理に効くと信じてきたサプリはとらないほうが、かえって良好な朝ランにつながったのは目から鱗が落ちた。

 疲れてくると、ついつい過剰に様々なサプリを取るようにしていたのだが、それが逆に交感神経を活発にしてリカバリーを阻害していたようなのだ。積極的に摂取するよりも、逆に減らすほうが今の私には効くということだ。こんなことにも、「一事を増やすは、一事を減らすに如かず」という引き算の美学が効いてくる。モノも情報も過剰にあふれる時代ゆえ、本当の自分にとって価値のあるものを絞り込む技術は極めて重要である。

 とは言え、引き算の美学は建設的な無駄を経たうえではじめて効いてくる。若い人には、タイパ・コスパなど気にせず、年をとってからでは出来ない大いなる無駄や無理を体験してほしい。無駄や無理が出来るのは若さの特権なのだから。

 MAKE TOMORROW