THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and the managing of something.

もののけの森、奥秩父

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一年のメインレースである今年の富士登山競走が終わり、久しぶりに富士山以外のトレイルに戻ってきました。奥秩父のあたりです。天候があまり良くないせいか、ほとんど人には会いません。かわりに、猿やイノシシ、ヤマドリなどが当たり前のように顔を出して来ました。

霧の中のブナの森は幻想的です。「ん?これはどこかで?あぁ、ジブリのもののけ姫で見た風景だ。」もののけ姫では白神山地や屋久島をモデルにしていたと記憶していますが、奥秩父まで来ると白神山地にも劣らぬブナの原生林が残っています。

 

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ブナの自然林は見事に太陽の光をすべての木々が分かち合うように枝葉を広げています。ほとんど空は見えません。ブナの傘のおかげで雨が降っている時もほとんど濡れませんでした。

 

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尾根に近づくと突然空が開けました。やっぱり、青空は気持ちがいい。

 

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尾根道から見た雲海です。遠くにやまなみが見えればまさに「アシタカ旅に出る」シーンの風景です。頭の中でもののけ姫「アシタカせっ記」の調べが流れていました。

 

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深いブナの森の中でも、小さな若木がしっかりと光を浴びて育っています。縄文時代から数千年と繰り返されてきた自然の営みに日本人の原点のようなものを感じます。そんな感覚を大切にしています。

空気の濃い緑豊かなトレイルで、酷使していた身体がリラックスしたのか家に着いた途端に12時間越えの爆睡でした。しばらくはリカバリーモードで身体を休めます。

 

忘れ物は何ですか? 富士登山競走2017

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今年で6回目の参加となる富士登山競走、初めて五合目より上に行くことができたのですが八合目関門でタイムアウト、山頂までは届きませんでした。

未だ山頂ゴールの目処も立っていないのになぜこれほど惹かれるのか。本当に不思議なレースです。他のレースにはない富士登山競走ならではの魅力?魔力をご紹介します。

 

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恒例の参加者全員による宮下さんによるエイ・エイ・オー。宮下さんによる気合い入れは選手の緊張感をほぐし集中力を高める絶妙かつ最高のエールです。毎年宮下さんのご家族の方々にも応援いただくのですが、昨年欠席だった娘さんから正式に引退宣言!!「私は今年で引退しますが、皆さんは10年後も20年後も頑張ってください」と大変ありがたいお言葉を頂戴し、ますますテンションがあがりました。

 

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この道の先に富士山の頂があります。今回は雲で山体を目視することは出来ませんでしたが、ひたすら上り坂を進みます。馬返しというロードから登山道へと変わるところまで平地ではかなりスピードを出さないと得られない心拍数をたたき出します。膝に負担をかけずに高負荷というあたりがなかなか魅力的です。

 

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今回は比較的ロードで時間を稼いだので五合目関門は大丈夫だろうと思っていた矢先の大渋滞!予想してはいましたが、時間制限まであと3分、関門まであと30メートルというところで全員で押し上げていくお祭り状態。現場での焦りはなかったのですが、ふり返ると本当にギリだったことがわかり痺れます。

 

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富士登山競走?富士山の山頂まで走るの?いえいえ、それは途中まで、七合目を超えると二足歩行から四足歩行へと進化?します。脚にシューズが必要なように、現代人には手にはグローブが必要です。フルマラソンのように同じことを繰り返すのではなく、レース中に進化?を求められる進化圧も魅力的。

 

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八合目エリアに入ってくると空気の薄さが直撃してきます。酸欠でふらふらしてくるのは当然。今回はこの先でタイムアウトでした。山にはガスがかかっていたので山頂は見えませんでしたが、八合目関門からのカウントダウンがしっかりと聞こえつつも、ペースは限界。4分オーバーで今回はここまで。八合目の関門についた時は、「もうやめようかなぁ」との一言が口にでましたが、下山するころには来年に向けた作戦を考え始めていました。簡単にはゴールさせてもらえないところも魅力です。

 

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富士登山競走って、登った分自分の脚で降りてこないとならないのです。リタイアでも自己責任、本当に魅力満載?です!

京都には有名な「哲学の道」がありますが、富士山の下山道は私にとっての「哲学の道」かも。

さて、来年こそは七年越しの「完走」という忘れ物を頂上まで取りに行きます。

 

現場はどんな感じか、レース中なんとか撮影したものを二分半にしたものがこちら。

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富士講登拝の名跡を辿る、富士登山競走ルート

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富士講の登拝ルートでもある吉田口登山道が富士登山競走のコースです。富士吉田市役所からスタートしてまもなく富士山駅近くの金鳥居を通過して登拝ルートに入ります。五合目まではかつての賑わいの名残を今は静謐な登山道で見ることができます。

現在富士登山のメインルートとなっている、富士吉田五合目からの登山道と合流する六合目から上になると富士講の跡は目立たなくなりますが随所で見つけることができます。中でも鳥居は目立ちます。最初の写真は七合目の鳥居です。このあたりになると空気の薄さが直撃してきます。

 

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登山競走の第二関門となる八合目付近からは九合目と頂上の鳥居を見上げることができます。ここまでの制限時間が4時間、残り40分程度の行程ですが酸欠で朦朧としてきます。

 

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最後の鳥居、この先がゴールです。制限時間4時間半。

 

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頂上からの景色です。さて、本番まであと二週間。

山は開けど、風強し、もうすぐ富士登山競走2017

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富士登山競走ルートでもある吉田ルートが昨日、7月1日に開山しました。吉田口は北口本宮冨士浅間神社の夏越の祓と併せた神事で開山します。恒例の富士登山競走まで一月弱ということもあり練習に行ってきました。風が強かったので今回は五合目までにしました。冒頭の写真はレースの第一関門でもある五合目佐藤小屋付近から頂上を撮った写真です。

 

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同じ場所からスタート地点の富士吉田市を撮った写真です。中央部の逆扇状の白っぽい街並みから次第に傾斜を上げるロードと登山道を進んできます。下山中、沢山の登山者やランナーに会いました。

 

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ロードから登山道に切り替わる馬返し直前のロードです。走っているときは下を向いているので目に入ってきませんが、下りで余裕があるときに眺めてみると緑あふれる、とても気持ちのよい道です。さて、あと一月、本番に向けて最終調整に入ります。

自己ベストペースで走れた日の理由

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昨日、ラン用の音楽を選曲していると「モトリー・クルー」のプレイリストが!思わず新宿にあったツバキハウスでエアギター&ヘッドバンギングしていた頃を思い出しスタートするといきなりの「ライブ・ワイヤー」!その勢いも借りて、皇居ラン10キロを自己ベストペースで走ってきました。

メンタルとフィジカルの調子がズレるのはナゼ?

心拍数を常時計測できる時計を使うようになってから、安静時心拍数と言う寝ている時の平均心拍数を手軽に知ることが出来るようになりました。体重や体脂肪と同じように定期的に確認することを続けていると、メンタルとフィジカルの調子が必ずしも一致しないことに気づきました。

「おっ、今日は調子いいぞ」と感じているのに、実際の走りのパフォーマンスが悪かったり、その逆があったりという具合です。

このズレはなんだろうと探っているうちに、疲れには心肺や筋肉疲労から来るものと、食べ過ぎ飲み過ぎや海外出張など不規則な生活から来る内臓疲労、そして心労から来る脳や神経疲労に分類できる事。しかし、それぞれの疲労回復はそれぞれの直接的原因を改善することが効果的である事が解ってきました。

図にするとこんな感じです。

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そもそも脳疲労の存在を知らず、メンタルの不調を酒を飲んだり身体を動かしたりすることで解消してきただけにちょっとした発見です。

疲労に応じたリカバリーを心がけてみた

脳疲労とは心労とも言いますが、何かを考え過ぎたり悩み過ぎたりしていることで脳が過負荷になった状態です。一時的であればよいのですが、慢性的になると思考がループし始めて頭から離れなくなります。

そんな状態から回復、つまりループした思考を止めようと、深酒をしたり運動で必要以上に追い込んだりして来ました。しかし、脳疲労はなんとか解消することが出来るようになりましたが、内臓や筋肉疲労が慢性的になっていました。

脳疲労を知ってから、いたずらに酒や運動だけで解消するのではなく、それ以外の方法で思考の負荷をコントロールできるようになれないかと新たな試行錯誤を始めています。

その一方で、メンタルが元気でも安静時心拍数が高めの時、つまり身体の疲れがたまっているときは無理に身体を動かさないようにしました。疲労を分解して認識することができるようになったからです。

そんな矢先の皇居ランでした。そこそこ脳疲労がたまっていたようなのですが、身体は絶好調、身体が元気で快走できたので自ずと脳疲労も解消できました。あれもこれも追い込んで負荷をかけていたころに比べると格段に効率よく健康管理が出来ると実感しています。

創った人に想いをはせたら、アート作品が語り始めた

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450年続く創造への挑戦

先日、東京国立近代美術館で開催されていた「茶碗の中の宇宙」という企画展を見てきました。千利休の美学を形にして茶碗に新たな価値を生み出した長次郎から450年にわたり一子相伝という方法で受け継がれてきた楽焼茶碗の全世代を一気見するものでした。

まず、長次郎の「大黒」という茶碗に釘付けになりました。

それから、当代の楽吉左衛門さんの音声ガイドで先代に対する強烈な尊敬と自らの存在価値を問い続けた苦闘があったことを聞き、15代つないできた450年が継承というよりも創造へのあくなき挑戦の歴史であったことを知りました。

初代の技を受け継ぐだけでなく、先達すべてを超える自分の表現を創造してきたという偉業を知ることで、これまで興味の無かった自由すぎる近現代美術に突然興味が沸きました。

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作品の魅力は、パッションへの共感から生まれる

そんなこともあり、NYの近代美術館MOMAに行ってきました。

すべてのアーティストは、自らの作品で先達すべての偉業を超えようとしている。そう考えるとピカソやポロックといった抽象化が進んでよくわからないと思っていた作品に感情移入できるようになりました。

単なるメルヘンチックな絵としか見ていなかったシャガールも当時の人が受けた衝撃を感じることができました。最近の作品の中には泥の水槽に泡を立てるようなものもあり、思わず「おー、ここまで来たかぁ」とニヤニヤしてしまいました。

これまでは、自分の好みだけでアート作品を見ていましたが、先日の「茶碗の中の宇宙」で創った人への感情移入を試みると、まるで作品を通して作家と会話しているように楽しくなることに気づきました。

自然と異なり、人がつくったモノやコトの魅力とは、機能やデザインだけでなく、それを創った人のパッションに対する共感から生まれるという当たり前の事実を再認識していろんな作家と対話を楽しみながら、自分のパッションもさることながら、メンバー一人ひとりのパッションをもっと感じられるようになりたいと感じたMOMAでした。

 

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PS:NY、一見変わらぬようにも見えて(1枚目:フラットアイアンビル)、常に猛スピードの新陳代謝(2枚目:日常的なミッドタウンの再開発)を繰り返しています。(3枚目:遠くにワンワールドトレードセンタービル)

断食を終えてから二週間、その後の変化について

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もう少しで起業してから20年になります。起業は二つの個人的な夢から始まりました。創意工夫して世の中の役に立つなにかをつくりだすことが好きな人にとって理想的な組織をつくることと、そこに集う仲間と世界に通用するソフトウェアを産み出すことです。

等身大の力量を超えた夢を持つことでこれまで何度もその夢に押しつぶされそうになりました。精神的に鬱になることもあれば体調を崩すこともあります。

そんな生来決して強くない心身を夢に潰されないようになんとかしようと試行錯誤して来ました。登山もトレイルランも先日の断食もその一つです。そうこうしているうちに夢のおかげで試行錯誤を楽しめるようにもなってきました。

今回は前回に続き断食ネタです。まだ二週間ですが、断食後の変化は直後の想定以上に大きいものでした。

基本的な体調について

まず、一番の変化は酒が残らなくなったことです。一回あたりの酒量は以前と変えていませんが、翌日の回復度合いが全く異なります。体感だけではなく飲酒後の安静時平均心拍数(RHR)も平均して5%程度低下(低いほうが疲労回復)しています。

体重は六日間の断食終了時点で約4キロ低下しましたがその後3キロ戻した後に再度1.5キロ程度低下しそのまま安定(2.5キロの純減)しています。体重減と直接の影響があるかはわかりませんが股関節の動きや柔軟性が若干向上しています。

断食後のレース結果

先週は道志村トレイルレースのハーフ(距離20.4キロ+昇降1800メートル)、今週は経ヶ岳バーティカルレースのショート(距離12キロ+昇降600メートル)に参加しました。

道志では一つ実験を試みました。行動時間4時間超のレースなので通常はレース前とレース中と糖質補給を行うのですが、断食中に糖質をとらずに体内の脂肪で走れたことから糖質補給は行わずクルミなどのナッツ類だけにしたところ問題なく最後まで走り切れました。これまでは糖分補給を怠ると途中でハンガーノックアウトになっていたので驚きです。

パフォーマンス面では昨年4時間49分が今年4時間31分でした。大幅に短縮しているように見えますが途中で渋滞する箇所のコース改善があったことと総合順位が昨年とほぼ変わっていないので行動中の速度はあまり変わってないでしょう。しかし疲労のリカバリーについては全く異なる結果になりました。

道志後六日で経ヶ岳バーティカルなのですが、昨年は最初の4キロで失速しその後の登りについては脚の乳酸が抜けず途中なんども休まなければならない状況でした。道志の疲労が全く抜けていなかったのです。昨年の状況もあって今年の経ヶ岳はショートにしたとは言え、想定していた疲労もなく終始快適に走りきれることができました。

昨年と比べて明らかに疲労回復のスピードが異なっています。

食生活面の変化

食に関する感覚が以前より敏感になりました。食べて疲れるものとそうでないものの区別がつくようになったのです。もちろんしっかり食べなければ力も出ませんので食を減らすということはないのですが、食べ疲れするものは自然と減らすようになっています。

なにが疲れる食材かは特定できていませんが、概ね生野菜の総量を多くしてそれ以外の比重を下げておけばよさそうです。私の場合、蕎麦が案外食べ疲れることに気づきました。食を軽めにしようと蕎麦にすると「ん?」と感じるようになりました。

これまではなんとなく習慣で食事をとってきましたが、身体の反応を見ながら食事を考えることがかなり新鮮で楽しく感じるようになっています。

メンタル面の変化

著しい変化というものは無いのですが、無理矢理気力をつくるということをせずにいられる時間が増えているように思います。雑談していたドクターの話では脳が利用するグルコースとケトン体のエネルギー比率の変化によるものらしいのですが、この論点はメンタルの安定化という側面からももう少し掘り下げて行きたいテーマです。

雑感

切羽詰まって手を出した断食ですが、その後の結果を見ているといろんな変化を促しています。単なる肉体の健康面だけでなく、精神面にも変化があるようです。もちろんドラスティックな変化ではありません。それに誰にでもお勧めというものでもありません。5年前の自分自身にさえ勧めることはしないでしょう。ただ、現代は普通に生きていることがいろんな面で過剰の上にあることが頭ではなく身体で理解できたように思います。いやいや、人間の身体は奥が深い!