THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

仕事バカにもたまらない、「高畑勲展」

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お盆の季節。帰省などで普段忘れがちな自分の原風景を再確認する方も多いのではないでしょうか。私の原風景は古河。渡良瀬遊水池の景色もその一つです。(写真)

話は変わりますが、国立近代美術館の高畑勲展(2019年7月2日~10月6日:東京国立近代美術館)に行って来ました。切っ掛けは身内からの「行って来たよ」のメッセージ。

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高畑さんと言えば個人的には「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」「となりの山田君」など、宮崎さんのジブリ作品とは異なる、映像と比べメッセージの強さのギャップが強すぎる作品を少し煙たく感じていました。

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そんな高畑さんの仕事と作品を集めた本展は、表現者としての挑戦とその取り組みへの半端ない情熱と知恵と初志を知る機会となり、煙たさが畏敬へと変わりました。

中でも若き時代の野心的作品である「太陽の王子 ホルスの大冒険」制作にあたり、スタッフと共有したテンション・チャートなどのプロジェクト資料はプロジェクトワークツールとして見ても革新的です。

ジブリ好きだけでなく、仕事バカの方にもお勧めです。

さて、予習は十分、「かぐや姫の物語」、見よう。

富士登山競走2019、来年へのエナジーチャージ

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恒例となった富士登山競走、今年もアバントグループメンバーと参加してきました。72回目の今年は、山頂付近の天候不良のため山頂コースは五合目打ち切り。今年は殆ど準備が出来なかった事もあり、周囲の落胆とは裏腹に個人的には安堵を覚えてしまいました。(笑)

 

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毎年楽しみにしている選手宣誓とエール。今年の選手宣誓は63歳の女性の方、19回の挑戦、そして一度だけ山頂を制覇した経験が糧となっているとのお話は、今回含め8回挑戦、山頂制覇0回で忙しさを言い訳に折れかけている自分の目標となりました。(もう少し工夫して見たくなりました)

そして、恒例の宮下さんとご家族によるエイ・エイ・オー、もはや親戚に会いに来ているような感覚です。(元気にしてるかなぁと、また会いたくなる)

 

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無理せずとも手は抜かず(これが案外難しい)に走り終える事で自分の現在の走力を知るとともに、忙しさに翻弄されていた自分のメンタルがリセットされました。(とてもスッキリしています)

新たなチャレンジに心身を整えて臨んで行こうという新年の初詣にも似た心境です。来年へのエナジーチャージが出来ました。また来年、メンバーともどもお世話になります。

ウェールズの石畳とDIVAのトリビア

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UKです。ウェールズのトレイルには古い石畳が点在していました。走りながら、いつ誰が敷いたのだろうかと不思議な気持ちが沸いてきました。転じて、今回はDIVA関連のトリビアを三つ。

 

1.マイクロソフトに倣った6月決算

最初は決算期の話。当社の会計年度は7月~6月です。会計年度を意味する「FY」に年度末日のカレンダー年である下二桁を使って、例えば今期の場合FY20、と表記します。

6月決算とした背景は業務上の理由も含めいくつかありますが、MS-DOS時代からベンチャー企業としてリスペクトしていたマイクロソフトが6月決算であった事もその一つです。世界に通用するソフトウェア会社になれという一種の願掛けです。

 

2.太陽系にインスパイアされたDivaSystem

続いて、DivaSystem。DIVA社の製品、DivaSystemの名称は太陽系を示すThe Solar Systemに肖(あやか)ったものです。創業の頃自宅の部屋に貼っていた大きな太陽系のポスターにインスパイアされました。データという太陽を中心に、データを活用する多様なれど秩序あるシステムとなれという思いを込めました。

 

3.経営情報を情熱的に歌え上げろ!歌姫DIVA

最後はDIVA、こちらはラテン語由来で歌姫を示すDIVAです。情熱的な歌姫の如く、経営者のパッションに火をつける歌姫となれという思いを込めました。インテリジェンスではなくパッションです。NIKEのようなグローバルブランドに負けぬ名称をと考えている時にフランス映画のDIVAを見て是だ!と直感した事が切っ掛けです。

 

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トレイルの石畳に埋もれたトリビアを思い出させてもらいました。

夏越しの大祓と言葉の棚卸し

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6月の晦日は夏越しの大祓ですね。意識するようになったのは14,5年前、丹沢の大山阿夫利神社で茅の輪くぐりをしてからです。近所の神社で茅の輪が準備されると夏至や事業の年度末などと相まって節目を感じます。

普段、曜日の感覚さえなくなるような生活を送っていると、節目を気づかせてもらえる行事に感謝を覚えます。心を整える機会となるからです。夏越しの祓いもその一つです。

通りがかりの人が散歩や買い物のついでに神社によって茅の輪をくぐる姿を目にすると、間接的ながらも人とのつながりを感じ、なんとなく安心感を覚えます。

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アバントグループの決算も6月末です。事業年度の節目という事もあり、一年間の事業日記を見返すと、見聞きした言葉をいくつも書き残してる事に気づきました。以前このブログに書いた「九思一言」もその一つです。

その時々の悩みや迷いを投影しているので、全てが常に心に響くわけではありませんが、改めてハッとするものもあります。

それが「Seriousness Kills Life」です。

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日本語が並ぶ中で唯一の英語でした。知人との会話の中にあった一言です。この一言を意識して日記を読み直すと、深刻に考えすぎる事で心、ひいては身体を無自覚に自傷している事の多さに気づきました。そんな時は得てして周囲にも迷惑をかけています。

時間をプロダクティブに使う上で重要な視座です。

さて、新年度が始まります。様々な情報に埋め尽くされる毎日ですが、生活の質を高める言葉との出会いも大切にしていきたいと思います。

Spreading Accountability, 「経営情報の大衆化」を英訳すると

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「経営情報の大衆化」アバントグループの共通ミッションとして掲げている言葉です。英語で会話する時は「Spreading Accountability」と表現するようになりました。

 

アカウンタビリティを直訳すると「説明する責任」ですが、本来の意味は「経営責任」というニュアンスに近いものです。単に何かを説明する責任ではなく、権限や義務に対する結果責任です。説明はそのために果たすべき項目の一つに過ぎません。

経営責任ですから、アカウンタビリティは子供の未来に対する親の責任というものには使いません。明確な定義は無いのですが複数の利害関係者に対する経済と道義的責任が他の責任という言葉との違いを際立たせています。

 

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「経営情報の大衆化」はこの「アカウンタビリティ」を出来るだけ多くの組織単位に展開出来る情報環境を整えようと思いを込めた言葉です。統合された大組織よりも自律的な小集団の集合体が環境変化への適応に勝る、そして自立的な組織の集合体を育成するにはアカウンタビリティの展開が欠かせないと考えて来たからです。

日本には、以前より衆知経営や全員経営など自律的小集団を活かす経営的考え方が存在しています。しかし、これらの経営理念を支える経営技術は十分に進歩しているとは言えません。ゆえに、この経営情報技術の進歩に貢献しよう。これが初志です。

どこから手をつければ良いのか。そんな事を思案していた頃連結会計に出会いました。一般的な会計(アカウンティング)と違い、情報の最小単位が仕訳ではなく財務諸表である連結会計はアカウンタビリティのための経営情報の中心にある。そんな気付きからSpreading Accountabilityの第一歩を連結会計からスタートしました。

自立的企業集団の経営モデルであるグループ経営を支える情報システム、経営責任としてのアカウンタビリティを果たすために必要な情報環境を整えるビジネスインテリジェンス、アカウンティングではなくアカウンタビリティに集中するためのアカウンティング業務のアウトソーシング、いずれもSpreading Accountabilityを進めるために役立ちます。

 

「経営情報の大衆化」と「Spreading Accountability」いずれも言いたいことは同じなのですが、外国人経営者との会話を通して生じた意訳により意味不明な直訳を使うよりも圧倒的に伝わり安くなりました。あえて苦手な言語を使うことで、言いたいことが分かり易くなる事もあります。最近英語が面白くなってきました。

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写真はZurich to Narita、機中からのアルプス三景。Google mapにて山座同定。

写真上:スイスアルプス、中央がおそらくVorfer Glarnishc

写真中:スイスアルプス、中央がおそらくSantis Mountain

写真下:日本アルプス、中央部が北アルプス白馬岳

ランランコロリ、健康法としてのトレイルラン

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走ればなんとかなる。

社会に出た頃からの私の健康法です。健康法と言ってもメンタルの方です。心が重くなってどうしようも無い状態が続くと意を決して走っていました。走る事で何とか健康を維持して来た事実を振り返ると、私には合っていたようです。

しかし、40代の中頃までランは日常ではありませんでした。体調を崩して薬を飲むようなものです。それが、山を走るトレイルランニングの大会に参加した事で大きく変わりました。

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初レースは2012年6月の富士忍野高原トレイル。雨の中、約34キロを6時間かけて辛うじて完走したのですが、その行程で起きた様々な小さな事件、乳酸がたまり脚が上がらなくなったり、軽い低血糖で朦朧としたり、後悔と昂揚感が交錯したりと、普段経験しない身体のトラブルから人間の身体への好奇心に火が付きました。

それ以来、トレイルを中心にランは生活の一部になりました。富士登山競走やハセツネと言った実力不相応の目標を維持することで、それを軸とした健康管理は以前と比ぶべくもありません。食、睡眠、トレーニング方法と幅広く配慮するようになりました。

 

さて、今日は富士忍野高原トレイルの第十回記念大会、昨年同様ショートへ参加しました。昨年は全力出し切り走でしたが、今年は心肺八部走(腹八部のようなものです)へとモードチェンジ。コースは昨年と逆回りのため単純比較は出来ませんが、タイムを3分落としつつも、平均心拍数は166から151へと激減。ダメージ改善への効果は絶大です。

起伏とバリエーションに富むトレイルは工夫次第でいろんな走り方を楽しめるのも醍醐味です。健康法は人様々ですが、私はピンピンコロリならぬ、ランランコロリです。

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(ランニング部のメンバーと)

上場企業にとっての赤字とは、ハードルレートとROE

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とある役員会で監査役より「資本調達コストを下回ったら赤字と考えろ」との一言。起業以来、継続は善との考えを元に事業継続のいろはのいとして「赤字は悪」を徹底してきた者としてROEの重要性が頭では無く体感的に腹落ちした瞬間でした。

そもそも「赤字は悪」の原点は、黒字が二十年前以上の資金調達手段が限られた事業環境における銀行からの調達条件であった事です。有力なベンチャーが赤字続きのため銀行より資金を引き揚げられ倒産する姿を目の当たりにして、資金余力が乏しいほど短い期間で黒字を確保出来る事業体でないと事業が継続出来ない。そう心に刻んで経営に当たってきました。

 

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そんな日本の資金調達環境も大きく様変わりしました。資金提供者の主役が銀行からファンドへと変化し、資金調達も借入から資本中心となりました。そして、一般的な経営指標に売上成長率や営業利益率というオペレーション系以外に、株主資本に対する利益率など資本効率を測定するものが加わりました。

その一つがROEです。上場企業は各社の状況に応じた資金調達コストが算出されますので、それを上回る利益を上げなければ資金運用に失敗しているという事になります。と、ここまでは頭では理解していたのですが、かつて体感した「赤字は悪」という倒産への恐怖感のような情緒的腹落ちには至っていませんでした。

 

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そんな中での冒頭の一言でした。ハードルレートを割ったROEは、銀行借入を前提とした頃の赤字と同じくらい悪である。そりゃそうだ。何事も腹落ちしていないことは自ずと劣後してしまいます。言った本人は当たり前の事を少し言い換えたに過ぎないかもしれませんが、私にとっては金言の一つになりました。

 

(追記:なぜ腹落ちしたのか?)

企業価値の向上シナリオを複数立て、M&Aを含め実際の検証やアクションを進めるにつれ現在のROEを毀損せず企業価値向上を実現する難易度の高さを体感するようになったからです。

投資に値する未来が無ければ、余剰資金は投資家や社員へ還元すべきです。しかし、環境は常に変化します。未来の成長に対する段取りを付け続ける事無くして事業の継続はありません。

未来への段取りとしての投資が出来ないという事は、経営者として白旗を上げたも同然です。それを未来の倒産と捉えると、創業の頃に覚えた資金ショートで倒産させる事への恐怖に似た感覚を持つようになった事が背景にあります。

もちろんROEは絶対ではありません。未来の創造の為には短期的ROEは犠牲になる事もあります。

とは言え、事業活動の健全性を確保する規律としての損益計算書上の利益と同様に、投資活動をいたずらに拡大して破綻リスクを高めないための規律としてROEを意識する事は役に立つ。そのような位置づけでROEを見ています。