THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and the managing of something.

自己ベストペースで走れた日の理由

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昨日、ラン用の音楽を選曲していると「モトリー・クルー」のプレイリストが!思わず新宿にあったツバキハウスでエアギター&ヘッドバンギングしていた頃を思い出しスタートするといきなりの「ライブ・ワイヤー」!その勢いも借りて、皇居ラン10キロを自己ベストペースで走ってきました。

メンタルとフィジカルの調子がズレるのはナゼ?

心拍数を常時計測できる時計を使うようになってから、安静時心拍数と言う寝ている時の平均心拍数を手軽に知ることが出来るようになりました。体重や体脂肪と同じように定期的に確認することを続けていると、メンタルとフィジカルの調子が必ずしも一致しないことに気づきました。

「おっ、今日は調子いいぞ」と感じているのに、実際の走りのパフォーマンスが悪かったり、その逆があったりという具合です。

このズレはなんだろうと探っているうちに、疲れには心肺や筋肉疲労から来るものと、食べ過ぎ飲み過ぎや海外出張など不規則な生活から来る内臓疲労、そして心労から来る脳や神経疲労に分類できる事。しかし、それぞれの疲労回復はそれぞれの直接的原因を改善することが効果的である事が解ってきました。

図にするとこんな感じです。

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そもそも脳疲労の存在を知らず、メンタルの不調を酒を飲んだり身体を動かしたりすることで解消してきただけにちょっとした発見です。

疲労に応じたリカバリーを心がけてみた

脳疲労とは心労とも言いますが、何かを考え過ぎたり悩み過ぎたりしていることで脳が過負荷になった状態です。一時的であればよいのですが、慢性的になると思考がループし始めて頭から離れなくなります。

そんな状態から回復、つまりループした思考を止めようと、深酒をしたり運動で必要以上に追い込んだりして来ました。しかし、脳疲労はなんとか解消することが出来るようになりましたが、内臓や筋肉疲労が慢性的になっていました。

脳疲労を知ってから、いたずらに酒や運動だけで解消するのではなく、それ以外の方法で思考の負荷をコントロールできるようになれないかと新たな試行錯誤を始めています。

その一方で、メンタルが元気でも安静時心拍数が高めの時、つまり身体の疲れがたまっているときは無理に身体を動かさないようにしました。疲労を分解して認識することができるようになったからです。

そんな矢先の皇居ランでした。そこそこ脳疲労がたまっていたようなのですが、身体は絶好調、身体が元気で快走できたので自ずと脳疲労も解消できました。あれもこれも追い込んで負荷をかけていたころに比べると格段に効率よく健康管理が出来ると実感しています。

創った人に想いをはせたら、アート作品が語り始めた

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450年続く創造への挑戦

先日、東京国立近代美術館で開催されていた「茶碗の中の宇宙」という企画展を見てきました。千利休の美学を形にして茶碗に新たな価値を生み出した長次郎から450年にわたり一子相伝という方法で受け継がれてきた楽焼茶碗の全世代を一気見するものでした。

まず、長次郎の「大黒」という茶碗に釘付けになりました。

それから、当代の楽吉左衛門さんの音声ガイドで先代に対する強烈な尊敬と自らの存在価値を問い続けた苦闘があったことを聞き、15代つないできた450年が継承というよりも創造へのあくなき挑戦の歴史であったことを知りました。

初代の技を受け継ぐだけでなく、先達すべてを超える自分の表現を創造してきたという偉業を知ることで、これまで興味の無かった自由すぎる近現代美術に突然興味が沸きました。

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作品の魅力は、パッションへの共感から生まれる

そんなこともあり、NYの近代美術館MOMAに行ってきました。

すべてのアーティストは、自らの作品で先達すべての偉業を超えようとしている。そう考えるとピカソやポロックといった抽象化が進んでよくわからないと思っていた作品に感情移入できるようになりました。

単なるメルヘンチックな絵としか見ていなかったシャガールも当時の人が受けた衝撃を感じることができました。最近の作品の中には泥の水槽に泡を立てるようなものもあり、思わず「おー、ここまで来たかぁ」とニヤニヤしてしまいました。

これまでは、自分の好みだけでアート作品を見ていましたが、先日の「茶碗の中の宇宙」で創った人への感情移入を試みると、まるで作品を通して作家と会話しているように楽しくなることに気づきました。

自然と異なり、人がつくったモノやコトの魅力とは、機能やデザインだけでなく、それを創った人のパッションに対する共感から生まれるという当たり前の事実を再認識していろんな作家と対話を楽しみながら、自分のパッションもさることながら、メンバー一人ひとりのパッションをもっと感じられるようになりたいと感じたMOMAでした。

 

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PS:NY、一見変わらぬようにも見えて(1枚目:フラットアイアンビル)、常に猛スピードの新陳代謝(2枚目:日常的なミッドタウンの再開発)を繰り返しています。(3枚目:遠くにワンワールドトレードセンタービル)

断食を終えてから二週間、その後の変化について

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もう少しで起業してから20年になります。起業は二つの個人的な夢から始まりました。創意工夫して世の中の役に立つなにかをつくりだすことが好きな人にとって理想的な組織をつくることと、そこに集う仲間と世界に通用するソフトウェアを産み出すことです。

等身大の力量を超えた夢を持つことでこれまで何度もその夢に押しつぶされそうになりました。精神的に鬱になることもあれば体調を崩すこともあります。

そんな生来決して強くない心身を夢に潰されないようになんとかしようと試行錯誤して来ました。登山もトレイルランも先日の断食もその一つです。そうこうしているうちに夢のおかげで試行錯誤を楽しめるようにもなってきました。

今回は前回に続き断食ネタです。まだ二週間ですが、断食後の変化は直後の想定以上に大きいものでした。

基本的な体調について

まず、一番の変化は酒が残らなくなったことです。一回あたりの酒量は以前と変えていませんが、翌日の回復度合いが全く異なります。体感だけではなく飲酒後の安静時平均心拍数(RHR)も平均して5%程度低下(低いほうが疲労回復)しています。

体重は六日間の断食終了時点で約4キロ低下しましたがその後3キロ戻した後に再度1.5キロ程度低下しそのまま安定(2.5キロの純減)しています。体重減と直接の影響があるかはわかりませんが股関節の動きや柔軟性が若干向上しています。

断食後のレース結果

先週は道志村トレイルレースのハーフ(距離20.4キロ+昇降1800メートル)、今週は経ヶ岳バーティカルレースのショート(距離12キロ+昇降600メートル)に参加しました。

道志では一つ実験を試みました。行動時間4時間超のレースなので通常はレース前とレース中と糖質補給を行うのですが、断食中に糖質をとらずに体内の脂肪で走れたことから糖質補給は行わずクルミなどのナッツ類だけにしたところ問題なく最後まで走り切れました。これまでは糖分補給を怠ると途中でハンガーノックアウトになっていたので驚きです。

パフォーマンス面では昨年4時間49分が今年4時間31分でした。大幅に短縮しているように見えますが途中で渋滞する箇所のコース改善があったことと総合順位が昨年とほぼ変わっていないので行動中の速度はあまり変わってないでしょう。しかし疲労のリカバリーについては全く異なる結果になりました。

道志後六日で経ヶ岳バーティカルなのですが、昨年は最初の4キロで失速しその後の登りについては脚の乳酸が抜けず途中なんども休まなければならない状況でした。道志の疲労が全く抜けていなかったのです。昨年の状況もあって今年の経ヶ岳はショートにしたとは言え、想定していた疲労もなく終始快適に走りきれることができました。

昨年と比べて明らかに疲労回復のスピードが異なっています。

食生活面の変化

食に関する感覚が以前より敏感になりました。食べて疲れるものとそうでないものの区別がつくようになったのです。もちろんしっかり食べなければ力も出ませんので食を減らすということはないのですが、食べ疲れするものは自然と減らすようになっています。

なにが疲れる食材かは特定できていませんが、概ね生野菜の総量を多くしてそれ以外の比重を下げておけばよさそうです。私の場合、蕎麦が案外食べ疲れることに気づきました。食を軽めにしようと蕎麦にすると「ん?」と感じるようになりました。

これまではなんとなく習慣で食事をとってきましたが、身体の反応を見ながら食事を考えることがかなり新鮮で楽しく感じるようになっています。

メンタル面の変化

著しい変化というものは無いのですが、無理矢理気力をつくるということをせずにいられる時間が増えているように思います。雑談していたドクターの話では脳が利用するグルコースとケトン体のエネルギー比率の変化によるものらしいのですが、この論点はメンタルの安定化という側面からももう少し掘り下げて行きたいテーマです。

雑感

切羽詰まって手を出した断食ですが、その後の結果を見ているといろんな変化を促しています。単なる肉体の健康面だけでなく、精神面にも変化があるようです。もちろんドラスティックな変化ではありません。それに誰にでもお勧めというものでもありません。5年前の自分自身にさえ勧めることはしないでしょう。ただ、現代は普通に生きていることがいろんな面で過剰の上にあることが頭ではなく身体で理解できたように思います。いやいや、人間の身体は奥が深い!

あまりに疲れが抜けないので、断食やってみました

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ちょっとした旅に出てみました

といってもどこかに出かけていたわけではありません。家で数日断食をしてみたという話です。四月、どうしようもなく疲労が抜けず、そのリカバリー手段として断食に至ってしまいました。とにかく内蔵を休ませてみようということです。

 

断食で起きる現象は概ね教科書通り

事前に十分な準備をして行ったわけではないのですが、始めてからいろいろと調べてみるとファスティングという名で結構たくさんの情報がネットにありました。本も何冊か読んでみましたが、断食開始から起きる自覚症状は概ね教科書通りという感じです。

私の場合、準備もせずいきなり断食に突入したためか、それとも本来の不摂生が原因かわかりませんが、好転反応という身体の回復に伴う痛みは結構厳しいものでした。とはいえ、かつてキタタンと呼ばれる北丹沢12時間山岳耐久レースで味わったキツさよりは楽なので、まぁなんとか乗り越えることができました。

余談ですが、これまで出たトレイルレースの中では、7月の炎天下、約44キロのかなり厳しい上り下りを繰り返すキタタンが一番苦しかったレースです。あまりにきつかったのでキタタンにはもう一度出ようという気が起きません。

 

効果について

断食終了は、寝起き時点の身体の痛みがなくなるまでを目安としていたのですが、それまで五日かかりました。ただ、想定していたスッキリ感は残念ながら得られませんでした。おそらくこれが51歳という年齢の自分にとって最善の状態なのだろうと受け入れました。

ベンチマークとすべき状態を知るという意味では十分に意義があったと感じています。疲労感もすっかり抜けました。中でも慢性的なアレルギーが止まった点は注目に値します。リカバリーという点では当初の期待効果は得られています。

一方、恒常的に行うかと問われるとNOです。食(酒)はやはり楽しみです。今回のように疲労が抜けないときや病気の回復につとめるときは別として、やはり食は人生を豊かにするためには欠かせません。

 

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参考までに

断食中、食やファスティングについていくつか感じたことがあるので参考まで。

・代謝は年齢に応じて変化するので、年齢に応じた断食方法を考慮したほうがいい。

一日一食のような日常的なファスティングは、基礎代謝が低下している年齢であれば有効でしょう。ほっといてもガンガン身体が燃える若い年齢であればあまり気にする必要ありません。暴飲暴食も若いときしかできないことの一つです。

 

・食べるものと身体の反応は個人差がある、さまざまな情報は参考にしつつも自分に合うものは自分で探すスタンスが重要。

シリコンバレー式も参考にしましたが、私の場合ピーカンナッツやクルミはいまいち合いません。また、コーヒー+バターもNGのようです。そういった方法が自分にはなんか合わないなぁという疑問に対して、マクロビオテックの考え方はわりと合理的な指針だと思います。

 

・断食の目的によって補助食の摂り方も変わる。

断食の最中も走っていました。スピードはかなりゆっくりですが断食四日目になると、20キロ程度であれば不思議と走れてしまいました。アミノ酸とミネラルを大量摂取していたことが有効だったのかもしれません。断食によって体脂肪は数パーセント低下しましたが、筋肉量はほとんど変化していません。断食方法には、水だけのハードなものから、野菜ジュースや酵素ドリンクなど目的によって手段には結構バリエーションがあります。目的がダイエットなのか、内臓疲労回復なのか、それとも修行(笑)なのかによって工夫が必要なようです。

脳がバテているときのトレイルラン

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先週は、埼玉県毛呂山町で開催された「もろやまトレイルラン」に参加してきました。新緑あふれる奥武蔵のトレイル24キロ、3時間半少々のラン&ウォークでした。

脳がバテてる

今回は10キロ過ぎで集中力が切れてしまいました。ペースコントロールもいいかげんで、あっという間に脚に乳酸がたまり足取りもぐっと重くなりました。

「ああ、脳がバテてる」走りながら気づきました。日常の中にいると、案外やりすごしてしまうのですが、トレイルで走っている時はいつも以上に心身の状態に敏感なり、素直に状況を受け入れることができます。

そこから先は、精神科医の松崎先生に教えていただいたデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を過負荷状態から解放するための走りへギアチェンジしました。といっても、端からみたら単なるペースダウンですが。

脳のアイドリングは5000回転?

DMNとは、人間が生きていく上で無意識に使っている脳の活動全般のことだそうで、車のエンジンでいうところのアイドリング状態です。ただし、脳は車のエンジンとは燃費構造が全く異なり、アクセルを踏んでいる時の何倍もアイドリングでエネルギーを消費しているそうです。

今時の車は燃費向上のためにアイドリングをストップまでさせていますが、脳は5000回転くらいでアイドリングしっぱなしの車のようにむちゃくちゃな燃費性能なのだそうです。よって、燃費を良くしたい(脳の疲労を回復したい)のであればアイドリングの改善に注目するほうが遙かに効果的ということになります。

走る禅

DMNの活動を落ち着かせるには、なにか動くものをぼーっとみているとよいそうです。瞑想、座禅なども有効です。ようは、無意識に意識していることをできるだけ減らすことで、無意識な脳の活動を減らすことができればよいようです。

新緑のトレイルは雑念を取り払ってくれるような景色や空気の宝庫です。ペースを落とし、周囲の景色を満喫しながら汗を流すと次第に脳が軽くなってくるような気がします。走りながらする禅のようなものです。

私にはなぜか走っているだけで元気になってくる場所がいくつかありますが、今回のレースで新緑の毛呂山もその一つになりました。

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夜桜 エクスプロージョン

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雨の週末ということもあり、久しぶりに完全休息にしました。走ることも、目的をもって情報を得ることも、食事することもいずれも外部からの刺激です。健康であるために適切な刺激は欠かせませんが、疲労がたまるとそういった刺激もネガティブに働きます。

 

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どれほど熱がでようとも気力で仕事をするなど当たり前なんて考えていた頃もありましたが、そんな仕事の仕方が単なる自己満足に過ぎず、だれのためにもならんことに気づいてからは健康第一を意識するようになりました。

 

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身体の不調はまだしも、心の不調はなかなかわかりづらいものです。私の場合は周囲に対して甘えた言動が増えてくると危険信号です。そんなときはひたすらアニメを見続けて気分転換することもあります。この週末は攻殻機動隊でした。しかし、ちょっと題材がわるかったようです、AIと自我の境を考え始めてしまいます。

やめやめ、少し散歩でもしようと外に出たところ夜桜は満開でした。身近なところであってもやっぱり自然が一番かな。

 

歓喜の歌はみんなの歌

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二年ほど前から、母がダイクダイクと騒いでいました。ダイクとはベートーベンの第九のことで第九の歓喜の歌をうたうためにこの二年約250名の仲間達と特訓を重ねてきたそうです。

ベートーベンの命日にちなんだ3月26日の今日、その発表会を見に行くために桜がちらほらし始めた上野の東京藝大奏楽堂まで出かけてきました。

 

 

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これまで何度も耳にしたことがある第九でしたが、演奏前に生前の遺書という名の音楽に対する覚悟をしたためた文書の存在や、非常に単純な旋律が生まれるまでの試行錯誤を知り興味深く聞くことができました。

フラッシュモブという、街中で突如行われるパフォーマンスの中で人気のものの一つにも歓喜の歌を歌うものがあります。クラシックの中では一般の人も参加できるもっとも身近なものかもしれません。

www.youtube.com

 

 

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藝大の中には趣のある建物もありました。