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THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and the managing of something.

有意味感、May the force be with you.

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10年ぶりにインフルエンザに罹患し寝込んでいるうちに辛夷(こぶし)が満開になっていました。風邪を併発してしまい、思ったより回復に時間がかかりましたが、ようやく全快です。東京の桜も来週には満開でしょうか。いよいよ春本番ですね。

この春という季節、当社は6月決算なので年度末ではありませんが、上場企業の約7割が3月決算であり、学校も原則4月始まりなので日本で生活する人にとってはもっとも多くの人の環境が変わる季節と言えるでしょう。

環境変化にはストレスがつきものですが、ストレスを産み出す変化は新年度のように人間が決めることばかりではありません。むしろ、そういった人間の作り出したサイクルを遙かに超えた変化がランダムに起きるのが現実です。

 

◇ ストレスと共存する力

ところで、「有意味感」という言葉をご存じでしょうか。意味はそのまま、状況やものごとから意味を見いだす感覚です。先日、筑波大学医学医療系教授の松崎一葉先生とお話する中で教えていただいたキーワードの一つです。

松崎先生は産業精神科医として職場におけるメンタルヘルスの健全性を高めるために様々な研究を実践中心に行っておられます。その中でも、労働環境としては究極の閉鎖環境にある宇宙飛行士のメンタルヘルスケアを通したご経験から、ストレスと共存できるメンタリティに有意味感が欠かせないと伺いました。

私たちは通常なにかにストレスを感じると、その原因とは別のことをしてバランスをとろうとします。スポーツをすることや、映画や料理、人と会うこと、新たな刺激を得ること、人それぞれ、さまざまな解消方法があるでしょう。

しかし、宇宙飛行士の労働環境は、簡単にどこかへ出かけたり、見知らぬ人とであったりといった気分転換はできません。そういった環境で健全なメンタルを維持するために有意味感が欠かせないということです。

 

◇ 宇宙飛行士は有意味感の塊

そういえば、有意味感の塊みたいな映画、今やっていますね。オデッセイ(原題:The Martian)です。やたら前向きで気持ちがよいので、出張中の機内でBGM代わりに二回見た上で、映画館へも見に行きました。

クリストファー・ノーラン監督のインターステラー(Interstellar)では太陽系圏外の惑星ひとりぼっちの役を演じたマット・デイモンが、今度は火星ひとりぼっちを演じています。いずれも有意味感は共通項です。

オデッセイでは生きて帰るためにジャガイモの栽培を行うことから始めるのですから、その前向きさがたまりません。劇中で使っている選曲も、デヴィット・ボウイのスターマンからABBAのウォータールー、グローリア・ゲイナーのI Will Surviveなど元気がでる曲ばかりです。

しかし、インターステラーではかなりネガティブなというか、他人の犠牲をいとわない暗い有意味感であったのに対し、オデッセイは正反対に極めて明るい有意味感です。

 まるでスターウォーズのフォースのように、有意味感にもダークサイドとライトサイドがあるのかもしれません。

 

◇ 事実と向き合う力

この有意味感ですが、私自身強く共感するものです。しかし、自分のこれまでを振り返ってみると、かなり苦労しながら体得してきたように思います。というのも、私の場合、生来というよりは、ストレスをその原因と向き合うことなく解消もしくは軽減できた試しがないという経験から必然的に有意味感を求めてきたように感じるからです。

事実を棚上げして一時的に忘れるような発散方法は、その後のリバウンドが激しかったので20代でやめました。その後はむしろ、事実と向き合う気力や体力を養うための環境を求めるようになり、試行錯誤しながら自分にあった方法を探してきました。

向き合うとは、状況を受け入れるということですが、受け入れることイコールあきらめるということではありません。あきらめた受け入れは、無意味感というか虚無感が増大して前に進む気力さえ起こりません。

向き合うというのは、事実を受け止めた上で、そこから意味を見いだし、その環境で最大限できることに集中する状況です。以前、社外取締役を務めていたアルプス技研の創業者、松井さんがよく仰る「Welcome Trouble」というメッセージも、トラブルを成長機会ととらえることであり、まさに有意味感の作り方の王道を示したものです。

 

◇ 環境を変えることでは有意味感は得られない

成長機会は、客観的には決して愉しいものではないように思います。トラブルばかりではありませんが、新しいことや自分の限界を超えた挑戦の渦中にあるときはとてつもなくしんどかった記憶ばかりです。

かつて味わった成長機会と同じことをもう一度やるかと問われれば、即座にNOです。しかし、新たな成長機会へチャレンジするかと問われれば、YESです。というのも、そこから得られる有意味感は私にとって生きることそのものであるように感じているからです。もちろん、心身の健康があっての前提ではあります。

では、どうやって有意味感を身につけてきたのかとふり返ると、社会人になる際に、まず与えられた環境から逃げないことだけを決めていたことが最初の一歩だったように思います。そう決めていたことで比較的どんな仕事でも自分なりの意義を見いだして愉しもうとしていました。

その上で次に意識してきたことが「環境は自分でつくる」ということでした。当時の仕事の師匠からの言葉です。与えられた環境に集中しているだけではいずれ限界が来ます。自分なりにこうしたいという思いが出てくるからです。そのとき、環境を別のところに変えるか、今いるところで環境をつくるかという選択肢があった場合、後者を選んできました。

もちろん、環境をつくるといっても、様々な制約条件の中です。ただ、有意味感は環境を変えることでは得られません。その場に踏みとどまり、その状況を乗り越えていく、よくしていく、愉しくしていくということを通して有意味感を覚えることができたのだと思います。

 

◇ 内なる環境は自分でつくるもの

私たちは今、社会の変化がますます激しくなる環境にいます。このような環境においてよりよく生きるには有意味感という力を磨くことがますます重要になるでしょう。

この有意味感とは、つまるところ、内なる環境を自分でつくりあげる創造力です。外的環境に対する影響力は限定的ですが、内的な環境、ようは気の持ちようは100%自分でつくっているのだから、それをうまく活かそうというものです。

しかし、内的に意味を見いだす力は、客観的に事実を受け止めた上での前向きな活動であればライトサイドのフォースになりますが、事実に蓋をしてめてしまうととんでもないことになります。ダークサイドです。

ライトサイドでいくか、ダークサイドでいくかも個人の価値観ではありますが、私はヨーダを目指してライトサイドのフォースを修行して参ります。

May the force be with you!