昨日は、富士山クライムラン、12km 1200dを走ってきた。今年から新設された、富士登山競争山頂挑戦権を獲得できるレースだ。2時間以内にゴールできれば、来年の登山競争で山頂コースに挑戦できる。
昨年までの走力であれば、なんとかクリアできるコース設定だったこともあり、今年は本戦をファンランにして、このレースで挑戦権の奪取を狙っていたが、まったく準備が整わず、またしてもファンランになってしまった。(苦笑)
それにしても、秋の日はつるべ落としではないが、登攀力の低下がすさまじい。昨年までは山頂挑戦のために、写真の馬返しから五合目までを何度もやっていたが、その時の自分が別人のようだ。
「今しかできないこと」の一つとしてトレイルランを楽しんできたが、この調子ではレース寿命は案外短いかもしれない。心身の健康が目的なので、無理を重ねることは本末転倒である。
とはいえ、登りのレースは本当に楽しい。とにかく理屈抜きに好きなのである。
で、あるが、身体はとっくに下り坂だ。登山は、無事下山してこそ成功である。人生の下山も同様だ。
ひところ、登山関連の読書にはまった時期があった。植村直己、モーリス・エルゾーグといったノンフィクションから、新田次郎、夢枕獏まで読み漁った。
その時直面していた経営の壁と重ね合わせて読んでいた。そこからは、チャレンジにおける自己責任と相互扶助という基本から、どれほど渇望した夢があっても、徹底的にリアリストであることの大切さ、つまり死よりも生を優先する判断のありかたを学んだ。
自分にとって山から学んでいることは大きい。トレイル好きであるのは、そんなこともあるのだろう。
やめるのはいつでもできる。気負わず、続けるための工夫をして来年も参加したいレースである。