いつもの~を走ってきた。ではなく、敢えてレストにした。今日で59歳である。
世の中にはいろんなフレームワークがある。未来への不安にどうやって向き合えばいいのか?頭から離れない過去にどうすれば囚われずに済むのか?忙殺されている毎日をいかに建て直せばいいのか?いつもぐるぐると脳裏を駆け巡っている。
そんな時、何かしら、先人や他者の智慧に助けられて来た。それは、マーケティングのフレームワークであったり、ファイナンスの発想であったり、古典の格言であったり、身近な人の生き方であったりと様々である。
日本の厄年も、その一つである。
古来からの経験として、おおよそ、厄年の年齢あたりで生物的な変化が加速し、その変化が自分の健康や周囲との関係の変化という形で表れやすいのだろう。どれほど環境が良くなり、医療が進んでも根本は変わらないように思う。
要は、身体的変化に積極的に適応するタイミングだ。個人的には、一度目で気力体力をできる限り一つのこと(自分の場合は起業という活動)に集中させることにした。二度目は、身体の衰えを実感するなか、いずれできなくなる身体的チャレンジ機会を増やそうと、トレイルランなどを習慣化した。
そして、三度目。ここからはサステナビリティである。いろんなことが今まで通りとはいかなくなるだろうが、続けるための工夫はできるだろうし、面白そうである。その一つが、いままで自分のために使っていた時間を誰かのために役立てるということである。新たなチャレンジへの呼び水となり、サステナビリティにつながる。
歳を重ね、体力や時間は減ってきたが、経験や他者貢献への意欲は増えてきた。それを生かすための健康や、機会を増やしていきたい。
さて、親の顔でも見に行くか。