THE RUNNING 走ること 経営すること

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「昭和7年の頃志布志町と築港附近」と祖父の無言のメッセージ

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写真は「昭和7年の頃志布志町と築港附近」約88年前に祖父が撮影したものです。写っているのは帝国連合艦隊。左から空母龍驤(りゅうじょう)、二番目の空母加賀は一段全通式に改装される前の三段式です。後方中央から金剛型や伊勢型戦艦が三隻、続いて艦橋の中程が大きく後ろに突き出した戦艦扶桑が写っています。

鹿児島に住んでいた母方の祖父とは生前一度しか会ったことがありません。その時に「何か欲しいものはないか」と尋ねられ、「戦艦のプラモデルが欲しい」と答えました。小学生だった自分では買うことが出来ない大きな戦艦大和のプラモデルを想像して言いました。その時の祖父の少し困惑した表情をぼんやりと覚えています。

それから一月ほど経って祖父から小包が届きました。鹿児島名物の軽羹(かるかん)やらボンタンアメと一緒にプラモデルが入っていましたが、戦国時代の軍船でした。戦艦大和が届くことを期待していた私はひどく落胆したことを覚えています。

今、あらためて祖父が残した資料を見ると、戦時中特設鉄道隊としてビルマに派遣され、映画「戦場にかける橋」の舞台となった泰緬鉄道の建設、そしてインパール作戦の後方輸送確保のための橋梁復旧工事などに当たっていたようです。

祖父から戦争の話は一切聞いたことはありません。しかし、生ものを一切口にしないなど戦争中の体験を引きずった独特の生活スタイルは記憶に残っています。そんな祖父の戦争に対する言葉に出来ない思いが、戦国時代の軍船という形で表れたのだと言うことがようやくわかりました。

わずか十余年足らずでここに写る全ての艦艇が多くの人命と共に消え去る事など撮影時には想像だに出来なかったのだろうと思います。

しばらく行方不明になっていた写真との再会でしたが、以前にも増して雄弁に祖父の無言のメッセージを伝えてきました。